Home TEC-J 日本IBMの技術者集団TEC-Jがフォーカスする9つの技術研究テーマ

日本IBMの技術者集団TEC-Jがフォーカスする9つの技術研究テーマ

by kusui

山下 克司 (寄稿)

日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事

グローバル・テクノロジー・サービス事業本部
サービスライン・デリバリー

TEC-Jプレジデント

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[IS magazine No.17(2017年7月)掲載]

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将来の技術ポートフォリオを予見し
リードするもの

 米国のIBM技術アカデミーと連携しながら活動しているIBM TEC-J (Technical Expert Council – Japan)は、IBM技術者の自由な技術コミュニティとして多様な研究テーマを提案し、ボランティアベースの研究チームを編成している。本稿では、TEC-Jの活動内容を紹介しながら、これからのITの方向性について考えていきたい。

 

 

 かつてフリーソフト運動を主導したリチャード・ストールマンは、「フリーというのは<無料のビール>という意味ではなく、<表現の自由>という意味のフリーだ」と宣言し、技術的なコミュニティによる自由なソフトウェア開発をリードした。これは現在のオープンソースにつながる、ライセンスからアイデアを解放する流れである。テクニカルコミュニティの自由な技術テーマやアイデアは、将来的な技術ポートフォリオを予見し、リードするものだ。

 多彩なテーマに沿ったTEC-Jの研究チームは、経験豊富なスペシャリストやアーキテクトがリーダーとなり、若手エンジニアも含めた10名から数十名のメンバーで構成されている。構成メンバーにはその領域の専門家もいれば、新たな技術領域のスキルを身につけるために参加するメンバーもいる。どのチームも隔週ごと程度の会合を定期的に開催し、喧々諤々と議論しながらグループとしての成果をまとめている。

 議論の進め方はグループにより異なるが、実際のプロジェクトの成果物を汎化しフレームワークを議論する、指定された参考文献を使用して輪講形式で議論する、ツールのハンズオンを各自で実施して得られた気づきをもとに議論を展開する、などの形式で実施されている。

 以下に、9カテゴリに分類された技術研究テーマについて、それぞれのカテゴリリーダーが活動内容を紹介する。

 

Profession Activity

 特定の分野に特化しない技術者として、普遍的なテーマで活動している。書籍を執筆・出版するための知識習得、プロとして通用するための英語習得法、技術志向のプロジェクトマネージャーのあり方、先端的論文を幅広くグループでサーベイして共有する方法などのチームが活動している。

 そのなかでクラウド&コグニティブ時代に求められる技術者スキルの可視化や体系化に取り組むチームでは、これまでのコンピテンシーサイロ型の組織では得られない現代の技術を俯瞰した体系化が必要であることや、シニア社員に変革が求められていることなどが、とくに議論されている(カテゴリリーダー 加藤 壽人)。

◎ワーキンググループ

・最先端をさっと見ダッシュ
・プロフェッショナルの英語
・PM as a Technical Profession
・クラウド、コグニティブ時代に求められる技術者スキルの可視化/体系化 (技術マネージャーや技術リーダーへの道しるべ)
・技術文書の執筆

 

AI Cognitive Analytics

 現在世界的に流行しているAIのベース技術となる機械学習や深層学習の理解、気象データやグラフデータを対象にした分析、Sparkやデータ思考モデリングによる新しいアーキテクチャの設計など、AIに関する基礎から応用までをカバーしている。深層学習など新しいプログラムスタイルを研究して具体的に手を動かすタスクなど、さまざまな課題にチャレンジしている。

 関連技術が自社内、他社、オープンソースと多岐にわたるため、関連技術を俯瞰できるようにまとめる試みも多く見受けられ、今後の動向把握やイチ押し技術の発掘に期待が高まる。公募したところ、メンバーが30?40名に達したチームがいくつもあり、AI技術への注目の高さがうかがえる(カテゴリリーダー 榎 美紀)。

◎ワーキンググループ

・きちんと嗜むAI部
・IBM(TWC)気象予測技術とは? − 気象予測技術のCognitive Businessへの応用にむけて −
・テキストマイニングと機械学習の融合
・グラフデータ分析のソリューション適用
・Apache Spark活用推進
・Data Oriented Operational Modeling and Reference Architecture

 

Cognitive Ops

 システム運用というIBMの中核ビジネス領域で、最先端のコグニティブ技術がどのように適応できるかを研究する。ログの解析による障害予測、システム運用の自動化による運用の理想形の追求、システム管理におけるセキュリティ管理という3つの観点で活動している。

 一般的な機械学習技術からスタートし、Bluemixで提供されている各種Watsonサービスのハンズオンでコグニティブ技術の基礎を習得し、機械学習を応用した既存の障害予測システムの特徴や不足点などを議論しているグループもある。

 またセキュリティの観点からは、レピュテーションの信頼度をAIに判断させるような既存技術にとどまらず、クラウド環境でのセキュリティポリシー/ガイドライン、セキュリティトレンドの調査などに着目している。

 こうした研究から、Watson技術を活用した運用をユーザーに提案したいと考えている(カテゴリリーダー 小原 盛幹)。

◎ワーキンググループ

・CognitiveやAutonomic Computingにより実現するシステム運用の新しい世界 − 自動化等による運用の理想形の追求−
・CognitiveやAutonomic Computingにより実現するシステム運用の新しい世界 − 事前解析して障害予測可能な世界の実現
・システム運用セキュリティに求める要件を今一度見直したい

 

Cognitive UX

 AIなどのシステムと人間のインタラクションを研究する。ユーザーエクスペリエンスの観点でコグニティブやAIをどのように活用すればよいか、どのような業務分野に応用できるかについて研究している。

 たとえば「AIのおもてなし」「人間のように振る舞うエージェント」「VR」といったユーザーエクスペリエンスを研究するテーマでは、コグニティブ技術をアプリケーションに組み込んだ場合、どのようなユーザーエクスペリエンスが望ましいか、気持ちよいかを研究している。

 さらに業務領域ごとのAIの応用研究では、すでに金融や医療分野で活用事例が増えるなか、応用分野の広がりや今後の実現性について考察している。「Watsonを活用したイノベーション」の起こし方をテーマとするグループでは、Watsonソリューション提案時の手法やテクニックを研究している。

 どの研究テーマでも、現場へのフィードバックが望まれている分野なので、TEC-Jでの成果を広くフィードバックし、ユーザーにも届けられるように活動する予定である(カテゴリリーダー 藤田 一郎)。

◎ワーキンググループ

・AIのおもてなしはどこまでが気持ちよいか
・チャットや電話で人間のように自然に振る舞うコグニティブ・エージェント開発の限界への挑戦 ~Omni-Channel Cognitive Agents~
・Cognitive Bank Initiative−Japan
・AIはヘルスケアで何ができるのか
・CITI (Cross Industry Technology for Innovation)
・High End VR Experience

 

Architecture and Solution

 新しい価値を創造する仕組みを考える。アイデアレベルから具体的なアーキテクチャ検討、PoCを通してアイデアの実現可能性の検証を目指すチームまで、幅広いテーマが含まれている。すでに実用段階にあるテクノロジーを掘り下げて実用レベルの提言に導いたり、新しい分野の可能性を探る活動などもある。

 クラウド時代のシステム運用やOSS利用の最適解となるアーキテクチャパターンを導き出そうというグループや、ソリューションの提案活動に新しいテクノロジーを適用してイノベーションを探求するグループがある。業務やアプリケーションの視点からはFinTech、ブロックチェーン、APIエコノミーといった分野を深く掘り下げる研究や、金融業界の少し先を見据えたRegTech(Regulation + Technology)の研究なども進められている。

 また情報技術面からは、情報マネジメントのフレームワークであるBiSLの研究やRPA (Robotics Process Automation)を支えるテクノロジー、スキル、メソドロジーの研究、ARやVRをどのようにビジネスに活用できるかを検討するグループも活動している(カテゴリリーダー 井手田 信)。

◎ワーキンググループ

・Open-source softwareをフル活用したシステムアーキテクチャパターンの実践
・AR・VRのビジネス分野への活用
・RPAは普及するか? −Digital Laborとの共存 −
・RegTech
・Cloud時代のインフラ運用とサービスマネジメント ~そろそろクラウド上のシステム運用についてまじめに考えよう~
・API エコノミーをクイックに実現するシステムインフラについて考える
・FinTech/Blockchain Japan Initiative
・IT Service Management WG
・BiSL Community

 

System Infrastructure

 コグニティブ&クラウド時代の新しいシステム基盤のあり方を考える。メガバンクさえもクラウド・ファーストの方針を打ち出し、従来のオンプレミスでのシステム構築だけではないシステム基盤の方向性を模索するなか、Software Defined Networkを活用したクラウド時代の新しいネットワークや次世代のデータセンター環境、量子コンピュータの活用分野など、システム基盤をさまざまな観点から捉えて研究している。

 たとえばネットワーク関連では、「注目のIoTやM2Mを支える技術の裏にあるインフラはどうなっているのか」「クラウド環境に存在する多様なネットワーク上の制約をSDNがどう解決するのか」「クラウド時代に『作らない』ネットワークをどのように実現するのか」などを議論している。

 また次世代データセンター環境の研究では、コグニティブやFintechといった新しいITを前提にデータセンターはどう変わるべきかというテーマに取り組んでいる。さらにクラウド上でAPIが公開され、実用間近と注目される量子コンピュータについては、新しいインフラの1つとしてどのような分野に活用できるかについて議論している。実用化に向けて有用なアウトプットが期待できる(カテゴリリーダー 中島 千穂子)。

◎ワーキンググループ

・IoTのネットワークってどんなネットワーク? /IoTって何がどうやってつながるのがイカしてるの?
・SDN(Software Defined Network)結局どうしよう
・Hybrid Cloud を実現するSoftware Defined Storageの射程
・次世代の「データセンター環境」を考える
・NIPoC (Network Integration Powered by Cloud)
・量子コンピュータ勉強会

   

Software Engineering

 多種多様な領域でのエンジニアリング手法を研究している。対象領域は幅広く、イミュータブル(immutable)なプログラミング、マイクロサービス型アプリケーションの開発ガイドライン、APIエコノミー、COBOL言語によるアプリケーションの開発生産性向上、モバイルソリューション構築のエンジニアリング手法、モデリングツールを活用した大規模かつ複雑なシステム統合の研究などを実施している。

 エンジニアリング手法がまだ確立されていない新しい技術領域の探求、あるいは既存の手法をよりよく利用することを考えるグループなどがある。

 チームの議論の成果を、開発ガイドラインなどに整理・文書化し、社内外に広く展開していきたい。マイクロサービス、APIエコノミー、モバイルといった新しい領域では、アーキテクチャ手法を整備し発信することで、技術領域の発展に貢献できると考えている。SaaS、IoT、コグニティブ、モバイルなど多様な技術領域を横断的に統合するSystems Engineeringという領域の発展にも期待している(カテゴリリーダー 柿本 達彦)。

◎ワーキンググループ

・『妄想APIエコノミー!! 企業に公開してほしいAPIとそれを利用するアプリをIBM社員が勝手にマッチングしてみる会』
・超高速開発手法(COBOL編)
・高速で効率的なモバイル・ソリューション開発の実践
・MBSE (Model-based Systems Engineering) に基づく Agile Systems Engineering 手法の研究
・Immutableはソフトウェア開発を救う銀の弾丸なのか?
・Microservices Application Development Reference

 

Socio Technical Problems

 新たなITの使い方と世の中の変革、そこから出現するだろう新たな課題と対策について議論している。「AIとの付き合い方」「シェアリングエコノミー」「100年予想」「自動運転とくらし」という4つのテーマで活動している。

 シェアリングエコノミーでは、UberやAirBnBなどがどのような社会的・技術的背景で誕生したのか、今後どのように発展していくのかを議論している。日本でもすでに100を超えるシェアリングサービスが登場しており、それらを調査したり、実際に現場で体験したり、外部のコワーキングスペースなどを使ったりして議論を進めている。

 100年後の技術を考える「100年予想」では、100年後の技術俯瞰図の作成を目的に活動している。「テレパシーのように、媒体に依存せずに、光速を超える通信技術が開発されるのではないか」といった科学的思考と創造性を鍛える議論が行われている(カテゴリリーダー 齋藤 正昭)。

◎ワーキンググループ

・越境するコンピュータ ~新しいコンピュータとの付き合い方 人工知能と上手に付き合う方法~
・体験!シェアリングエコノミー
・100年予想 〜最新テクノロジー俯瞰図の作成と社会インパクト~
・自動運転はくらしをどう変えるか?

 

Work Style

 IBM社員の働き方を考えるグループと、IBMに限らず一般の技術者全体を対象にITエンジニアの副業や兼業を後押しするための情報発信が目的のグループの2つが活動している。どちらも自分たちの身近なテーマを扱いながら、技術論や組織論だけでは解決できない複合的かつ本質的なテーマを議論している。

 IBM社員の働き方を考える研究では、社内外の事例や社会の動向、今後のIT技術の進展から期待される労働環境の改善、制約からの解放について議論し、よりよい環境を目指して実施すべき5つのタスク、および現状のままでいけばこの先に起こりうる5つの問題をまとめ、提言につなげようとしている。

 またITエンジニアの働き方改革をテーマにしたグループでは、スキルのダイバーシティという視点から副業や社外活動を考えたり、自分自身のプロフェッショナルスキルをプロボノやPTA活動などの社会貢献に活かすなど、多様な働き場所をどうキャリアに活かしていくかが議論されている(カテゴリリーダー 前田 啓介)。

◎ワーキンググループ

・2020年、IBMerの働き方・ワークスタイルを考える
・ITエンジニアの兼業は有効か

 このように、TEC-Jでは50を超える研究チームが技術の将来について活発に議論する一方、研究チーム主催の外部イベントも開催している。たとえば「100年予想」チームでは、「きちんと嗜むAI部」グループと共同で、『ハーバードビジネスレビュー』に掲載されたYahooチーフストラテジーオフィサー 安宅和人氏の「知性を問う」という論文や特別セミナーを振り返る公開セミナーを企画して交流を図っている。

 TEC-JはこれからもIBM社外のテクニカルコミュニティへ情報発信したり、交流を活発化することで、感度の高い活動の展開を目指している。

 

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著者|山下 克司 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事
グローバル・テクノロジー・サービス事業本部
サービスライン・デリバリー

TEC-Jプレジデント

日本IBMでこれまで、アプリケーション開発を経てネットワークの技術面をリードしてきた。2007年にはネットワーク仮想化技術などの貢献を評価され、米IBM本社からディスティングイッシュト・エンジニアの称号を付与され、技術理事に就任。2010年、日本IBMのクラウド・コンピューティング事業の最高技術統括(CTO)に就任。現在はグローバル・テクノロジー・サービス事業本部の技術理事として、ハイブリッドクラウド、エンタープライズDevOps、SDNといったクラウド最新技術などを推進。イノベーションに関わる講演や寄稿を行っている。

 

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