特集|量子コンピューティング  ~量子コンピューティングの現在

今は「量子大陸」を目指すとき
「量子脳」への切り替えが必須になる

2~3年後には中型マシンが登場し、量子コンピュータ時代が到来

小野寺民也氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所 副所長 技術理事 理学博士

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応用分野は、まずは3つ
処理速度の指数的向上への期待

量子ビットがn個ある量子コンピュータならば2nのパスの計算を同時に実行できます。従来のコンピュータ(以下、古典コンピュータ)は1度に1つのパスを実行するのに比べ、超並列計算で超高速に解を得ることが可能です。所望の計算を実行する量子アルゴリズムがあるならば、という但し書きが付きますが。

図表1は、古典コンピュータと量子コンピュータの適用範囲を示したものですが、真ん中の濃い色の部分が古典コンピュータで計算が可能な問題です。問題の大きさに対して計算時間が多項式で増えていくものです。その外側の、問題の大きさに対して計算時間が指数式に増えるものは、問題が大きくなると古典コンピュータでは計算が実質不可能なものになります。しかし、このなかのある種の問題は量子コンピュータにより計算可能になるのではと考えられおり、それが量子コンピュータに大きな期待が集まっている理由です。

 

量子コンピュータの方式には、大別して「アニーリング方式」と「ゲート方式」の2つがあります。IBMやグーグル、マイクロソフトなどはゲート方式のユニバーサルな(万能の)量子コンピュータの開発を進めています。一方のアニーリング方式は最適化問題に特化したものになります。また、エラー訂正アルゴリズムはゲート方式では知られていて、フォルトトレラントな量子コンピュータへの道が、非常に困難な課題が山積しているものの、続いています(図表2)。

 

量子コンピュータを使うと何ができるのか。応用分野としては、まずは、分子シミュレーション、マシンラーニング(機械学習)、最適化の3つであろうというのが、業界の見立てです。分子シミュレーションとマシンラーニングでは処理速度の指数的向上(計算時間の指数的短縮)が期待されていますが、最適化のほうは、最適解は量子コンピュータをもってしても難しく、近似解においても数倍程度の速度向上であろう、と考えられています。

 

2016年5月に5量子ビット
2017年11月に20量子ビットが利用可能に

「IBM Q」は、量子コンピュータを商用化しようという取り組みで、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークの3つの面で推進しています。

ハードウェアについては2016年5月に5量子ビットのマシンを一般に公開し、IBM Cloud経由で誰でも自由に使えるようにしました。そして1年後の2017年5月に16量子ビットのマシンも公開し、「量子コンピュータを商用化する」という宣言も行いました。以来、南極を含む世界7大大陸の1500以上の大学と300以上の高校、300以上の研究機関の7万5000名以上の方にお使いいただき、60編以上の論文がIBM以外の研究者によって書かれています。そして昨年(2017年)11月に20量子ビットのマシンが使用可能になり、50量子ビットのマシンのプロトタイプに成功したことを発表しました(図表3)。

 

ソフトウェアのほうは、5量子ビット・マシンの公開時から「QISKit」(Quantum Information Software Kit)と呼ぶ開発キットを提供しています。Pythonから量子回路を組み立てることができ、日本語のチュートリアルもあります(図表4)。

3つ目のネットワークに関しては、2017年12月に「IBM Q Network」をスタートさせました。世界中のお客様と一緒に量子コンピュータのビジネス利用を推進していくためのネットワークで、海外ではJPモルガン・チェースやバークレイズなどの金融サービス、ダイムラー、サムスンなどの製造、オックスフォード大学、メルボルン大学、オークリッジ国立研究所などの大学・研究機関、日本からはJSR、日立金属、本田技術研究所、長瀬産業の各社と慶応義塾大学(以下、慶応大学)が初期メンバーとして参加しています。

2~3年もすれば
中規模マシンが開発される

このIBM Q Networkは「Hubモデル」を1つのスキーマとして採用していて、世界に5つのHubを設け、各Hubの下にメンバー各社に参加していただく予定です(図表5)。日本およびアジアのHubは慶応大学に設置し、そのHubを包含する「量子コンピューティングセンター」のセンター長に、本日ご出席の山本(直樹)先生が就任されています。

 

IBM Q Networkへの参加の目的は、各社それぞれです。JPモルガン・チェースは金融系のトレーディング戦略や金融ポートフォリオの最適化、ダイムラーは電気自動車向け新材料開発のための分子シミュレーションや、工場プロセスの最適化およびマシンラーニング、材料メーカーのJSRは分子シミュレーションに関心がある、とお聞きしています。

量子コンピュータは、あと2~3年もすれば中規模のマシンが開発され、今のスパコンではとうてい解けない問題で、かつ、ビジネス価値のある問題が解けるようになると考えられています(図表6)。じきにやってくる中規模量子コンピュータ時代に備えて、今から「量子脳」に切り替えておく必要があると感じています。