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方向転換したIBMのIBM i戦略 ~Merlin、IBM i 7.5、Power10サーバーは次世代の開発・運用・システムアーキテクチャへの転換点

2020年7月の決断
Merlinプロジェクトがスタート

IBMは今年5〜7月にPowerユーザー向けの大型の発表を行った。1つはOSのIBM i 7.5、もう1つはPower10のスケールアウト・サーバーとミッドレンジ・サーバーである。この2つの発表自体は3年周期で続けられている世代更新の一環だが、もう1つ、予想を超える製品が発表されている。それが「IBM i Merlin」(以下、Merlin)である。

5月3日に発表されたMerlinは、「22カ月前に開発プロジェクトをスタートさせた」と、IBM i CTOのスティーブ・ウィル氏が語っている。22カ月前といえば、2020年7月である。

2020年7月がどのような時期だったかを振り返ると、IBMは3カ月後の10月8日にキンドリルの分社化を発表している。そして、「IBMはハイブリッドクラウドとAIを軸に生まれ変わる」(アービンド・クリシュナCEO)として、Red Hatのコンテナ基盤OpenShiftを中央に置く製品戦略を初めて公表した。

IBMはRed Hatの買収を2018年10月に発表し、2019年7月に子会社化した(買収総額は340億ドル=3兆7000億円、当時)。そして2019年以降、既存のソフトウェア製品のコンテナ化を急ピッチに進め(対象製品は数百種と公表)、2020年にはWatson、Db2、WebSphereなどの主要製品でOpenShift対応を終えている。

Merlinの開発プロジェクトは、IBM社内のこうした状況のなかでスタートしている。

当時を振り返り、IBMのPower製品オファリング担当バイスプレジデントのスティーブ・シブリー氏は、次のように話す。

「私たちが当時検討したのは、IBM iとOpenShiftおよびオープンソースとの融合をどのように図るかでした。それは私たちが、アプリケーション開発とその未来はコンテナを中心に進められると確信しているからで、IBM iをいかにクラウドに対応させるか、レガシーアプリケーションのモダナイゼーションと新しいサービスの追加・開発をどう実現させるかが大きなテーマでした。私たちはこの数年で大きく変化し、フォーカスするものを変えました」

またMerlinの開発をリードしているスティーブ・ウィル氏は、「この2年間、私たちはIBM iのお客様に次世代のアプリケーション開発へどう移行してもらうか、繰り返し話し合ってきました。Merlinはその結果生まれた、IBM iのお客様に次世代のアプリケーションへと移行してもらうための開発基盤です。最終的にはすべてをクラウド上で完結させるのではなく、お客様がオンプレミスのIBM iを継続できるように製品化しました」と述べる(図表1)。

図表1 新しいIBM iコンピューティングへ進む製品群
図表1 新しいIBM iコンピューティングへ進む製品群

ウィル氏は、「次世代のIBM iアプリケーション」(IBM i Next Gen Apps)は次の4つの属性を備える、と話す(図表2、図表3)。

①DevOps、CI/CD、アジャイルの手法を採用し、ビジネスのニーズに迅速に対応できる

②アプリケーションのプロセスやデータはカプセル化され、再利用や共有が可能

③最適な技術を融合(ブレンド)して利用できる

④外部のサービス/技術を容易に取り入れられる

③の「最適な技術の融合」については、「RPGはビジネストランザクション用の最高の言語として、データ操作の中核言語であり続けるでしょう。しかしモバイルへの対応やその他では別の言語のほうが向いていることもあります。RPGはRPGの得意なことに、他の言語が得意なことはその言語に任せ、ブレンドして使うのがこれからのIBM iアプリケーション開発の形です」と説明する。

図表2 次世代IBM iアプリケーションが備える属性
図表2 次世代IBM iアプリケーションが備える属性
図表3 次世代IBM iアプリケーションの構成形態
図表3 次世代IBM iアプリケーションの構成形態

自分たちですべてを開発するか
パートナーを巻き込むか

プロジェクトの開始にあたってMerlinの開発チームは、「自分たちですべてを開発するか、パートナーを巻き込むか」をそうとう議論したという。結論は、ARCAD Software(以下、ARCAD)に白羽の矢を立てるというもので、以降、「両社は緊密に連携して」(ARCADのフィリップ・マーニュCEO)Merlinの開発を進めたという。

ARCADは、IBM i資産の可視化・分析ツール「ARCADファミリー」を開発・販売するソフトウェア企業。その1つのIBM i情報資産分析ツール「ARCAD Observer」は、2017年からIBM iにバンドルされて提供されている。

「私たちが最初に開発しようと思っていたのはDevOpsのためのウィザードでした。しかし市場にはIBM iのDevOps分野をリードする製品が既にあり、ARCADが提供していました。また私たちが本当にやりたいと思っていたことは、DevOpsだけではなく、膨大にあるIBM iのレガシー資産を取り込んでDevOpsへ展開する、その仕組みを作ることでした。ARCADはそのレガシー資産の可視化・分析・言語変換の分野でも製品と技術をもち、多くの実績を築いていました。ARCADをMerlinの開発パートナーに選ぶのは自然の成り行きでした」と、ウィル氏は語る。

MerlinはIBM i 7.5に合わせて5月3日に発表されたが、IBM i製品マネージャーのアリソン・バタリル氏が「IBM i製品でこれほど短期間に開発したものはない」と言うほど、あわただしい開発だったようだ。そのせいか、デバッガなど開発ツールとして欠かせない機能が間に合わなかった(年内のリリースを公表、図表4)。

図表4 IBM i Merlin(グレイ色は未発表)
図表4 IBM i Merlin(グレイ色は未発表)

「MerlinはDevOpsだけでなく、多様な可能性をもつ開発基盤です。将来的にはOpenShiftで動作するさまざまなウィザードを提供し、IBM iの開発領域を広げていく考えで、どのウィザードを追加するか今検討を進めているところです」(ウィル氏)

IBMは今、IBM iのOpenShiftへの対応、AI・ハイブリッドクラウドへの対応を急ピッチで進めている。それはIBM i 7.5もPower10サーバーも例外ではない。そしてその先頭を進んでいるのが、IBM i Merlinである。

[i Magazine 2022 Summer(2022年9月)掲載]*Web掲載にあたり図表2~4を追加

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