コネクテッドカーとIT基盤 ~人・貨物の移動から新たな価値・サービスの創出へ|市場動向・技術動向を探る

text:安部 麻里 日本IBM *代表執筆者

 

最近、車の自動運転に関する期待に胸が高鳴るような先進的なニュースとは対照的に、運転操作ミスや逆走など、痛ましい事故のニュースを目にする機会が増えました。運転者に要求される運転スキルが一部高齢化社会に見合わない部分があること、ドライブレコーダーなどに代表される運転支援機器や技術の発展・普及に伴い事故状況がデータとして容易に確認できるようになったことなどが背景にあると思います。

私はコネクテッドカーを支えるIT基盤であるIBM Connected Vehicle Insights(CVI) [1]の開発業務に携わっています。こうしたニュースを目にするたびに、身近な人の安全・安心と快適な生活を担保するため何か貢献できないかという思いを持ち、2019年にTEC-J Work Groupを立ち上げました。本稿ではその活動の中でも特に市場動向・技術動向の調査結果と、WGメンバーの成果の一部をご紹介したいと思います。

コネクテッドカーをとりまく状況の変化

2015年の状況と期待

総務省の『平成27年版情報通信白書』によると「コネクテッドカーとは、ICT端末としての機能を有する自動車」とあります。当時、車両の状態や周囲の道路状況などさまざまなデータをセンサーにより取得し、ネットワークを介して集積・分析することはまだ広く普及しておらず、新たな価値を生み出すことが期待されました。たとえば、事故時に自動的に緊急通報を行うシステムや、走行実績に応じて保険料が変動するテレマティクス保険、盗難時に車両の位置を追跡するシステムなどが実用化されつつありました。これらアプリケーションは、個別の車両データの取得・分析が可能になったことにより実現されたといえます。

また、「自動走行車」は、コネクテッドカーの普及による車内外の環境・状況の取得・蓄積、センサーデバイスの廉価化、人工知能(AI)の進展により注目が高まっており、2タイプに分類されていました。1つはセンサーやカメラなど周囲の状況を計測・認知して走行する個別の車に完全に閉じたシステムであり、どこでも自動走行ができることを目指すもの(自律型)、もう1つは、自動車に搭載したセンサーではとらえきれない情報を道路に設置した路側システムや、周囲を走行する自動車や歩行者などと通信して取得し、走行するもの(協調型)です。利用の期待は年代別に見ると60代以上が最も多く、人口規模が小さく公共交通網が大都市ほど充実していない地方部で期待が高いと報告されていました[2]。


2021年 – レベル3車両の実用化と新たなアプリケーション

自律型自動走行車に関しては、Hondaが2020年11月、自動運転レベル3型式指定を国土交通省から取得し、2021年3月に特定条件下における自動運転を市販車として世界に先駆けて実現しました [3、4]。米国自動車技術会(SAE)が定める自動運転レベル0から5までのうち、レベル3以上はシステムが操作の主体となり得るいわゆる「自動運転」になります。当車両は高速道路において渋滞に遭遇すると、一定の条件下で運転者に代わりシステムがアクセル、ブレーキ、ステアリングを操作することが可能となります[5]。利用できる状況は現段階では特定の道路と条件下に限られているため、2015年当時期待されていた地方部での利用に直接応えるものではありませんが、渋滞時の運転負荷を軽減し事故を減らす新たな一歩となりました。

協調型に関しては、2019年度に総務省5G総合実証試験で、超低遅延通信による車車間直接通信(V2V:Vehicle-to-Vehicle)を使ったトラック隊列走行実証実験が行われました[6]。従来、速度に応じた安全な車間距離を保持する車間距離制御では、前方を走る車の減速発生開始から後続車の減速発生まで遅延が生じ、長い車間距離が必要でした。5Gの超低遅延通信を利用することにより、短縮した車間距離(10m)での制御を実現しました。このことで、安全を確保しつつさらなる燃費低減と道路交通容量の増大が期待できるとあります。路側機、歩行者や工事作業員、自転車等車以外との通信技術V2X (Vehicle-to-Everything)[7][8] の発展・標準化とともに、協調型の自動走行車を対象にしたアプリケーションの価値が高まり、適用エリアの拡大が期待されます。

さらに、自律型・協調型の進化に加え近年特筆すべきこととして、遠隔監視・操作型の新しいサービスが挙げられます。米国のカリフォルニア発スタートアップ企業「ファントム・オート」[9]は2018年、約800キロ離れた遠隔から車両を操作して世界を驚かせ、自律型自動走行車とは異なるアプローチで事業を展開しました。その後、自動運転から物流、特にフォークリフトの遠隔操作に事業をシフトしました。コロナ禍において在宅命令が発令された際には、フォークリフトの在宅オペレータ用サービスにより物流事業の継続に貢献しています[10]。

日本では、2021年3月から遠隔監視・操作型の自動運行装置を備えたレベル3車両を使用した、無人自動運転移動サービスの本格運行が開始されました[11] 。このサービスでは、遠隔にいる1名の運転手が3台の自動運転車を監視・操作しますが、レベル3車両を用いることで、遠隔にいる運転手は基本的に常時監視する必要がなくなりました。高齢化の進む地方過疎地において人手不足かつ移動手段が限られる中で、生活に必要な移動手段を確保し、地域の安全・安心、快適な生活に寄与することが期待されます。

 

図表1 コネクテッドカーを取り巻く状況の変化
図表1 コネクテッドカーを取り巻く状況の変化

コネクテッドカーのためのIT基盤の役割と今後の課題

ここ数年の変遷をみても明らかなように、コネクテッドカーは、人や貨物を移動させるという目的以上にさまざまな価値が求められるようになり、新たなサービスを創出しています。車両自体の技術発展に加え、車両を制御するうえでの認知・判断・制御に必要な情報を、大規模・低遅延にやり取りするネットワーク環境の進歩も重要な要因として挙げられます。ガートナー社の調査によると、2023年までに自動車産業は5G IoTソリューションの最大の市場機会になると予想されます[12]。さらに、コンテンツの大容量化やIoTデバイスの普及などにより増大しているデータ流通は、5Gの普及によりさらに加速すると見込まれます。人工知能、特に深層学習において必要なビッグデータに関しては、従来分析で活用されていたPOSデータやアクセスログ、SNSやブログ記事、eコマースでの販売記録データなどと比較し、GPSやセンサーデータなどIoTデバイスを源とするデータの活用の割合が、2015年から2020年の間で4~7倍とより高い伸び率を示しています[6]。

こうしたコネクテッドカーを取り巻くITの動向の中で、運転を取り巻く安心・安全と快適性を守るためIT基盤として重要な役割は、人・車両・環境から得られる膨大なデータを基に状況を正しく認識し処理するためのリアルタイム性能に優れた機能を提供することです。

たとえば、CVIはデータ解析プラットフォームとして圧倒的なリアルタイム性能とスケーラビリティを備え、天気や渋滞情報など環境情報を含めた分析が可能です(図表2)[13] [14]。欧州最大規模の自動車展示会IAA MOBILITY 2021では、車両が国境や行政区分を越えた際に、その状況に応じたアルゴリズムに自動的に切り替える仕組みのデモを行いました [15] [16]。走る車の状況に即した分析や情報提供の期待は高いといえます。さらに、ネットワークの接続状況に依存し過ぎることなくシステムが動き続けるよう、Digital Twinを活用したデータの補完やリアルタイムシミュレーションなどの仕組みも高可用性の観点から今後ますます重要になると予想します。

コネクテッドカーに必要な認知・判断・制御・情報提供(テレマティクス)のうちどの部分を自動化あるいはAIに任せるかは目的によりさまざまなアプローチがありますが、人・車・環境のデータから集合知を得て総合的に正しく判断するのはけっして容易ではなく、今後IT基盤およびデータ分析のさらなる発展が期待されます。

 

図表2 IBM Connected Vehicle Insightsコンポーネント概要図
図表2 IBM Connected Vehicle Insightsコンポーネント概要図

◎参考文献

[1] IBM Connected Vehicle Insights,
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/manufacturing-iot-cvi/
[2] 『平成27年版 総務省情報通信白書』
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/html/nc241210.html
[3] 「Honda Receives Type Designation for Level 3 Automated Driving in Japan」HONDA New Room,
https://global.honda/newsroom/news/2020/4201111eng.html
[4] 「Honda to Begin Sales of Legend with New Honda SENSING Elite」 HONDA News Room,
https://global.honda/newsroom/news/2021/4210304eng-legend.html
[5] 「HONDA SENSING Elite Press Information 2021.3.4」
https://www.honda.co.jp/factbook/auto/LEGEND/202103/202003_LEGEND.pdf
[6] 『令和2年版 総務省情報通信白書』
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nb000000.html
[7] The 3rd Generation Partnership Project (3GPP) V2X
https://www.3gpp.org/v2x
[8] 「「クルマ」と「モノ」をつなげるV2X技術の動向と展望」通信ソサイエテイマガジン、No.58 秋号 2021
[9] Phantom Auto
https://phantom.auto/
[10] 「Forklift Driving Becomes a Desk Job in Phantom-Mitsubishi Deal」
https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-05-13/forklift-driving-becomes-a-desk-job-in-phantom-mitsubishi-deal
[11] 「国内初! レベル3の認可を受けた遠隔型自動運転システムによる無人自動運転移動サービスを開始します」経済産業省・国土交通省ニュースリリース
https://www.meti.go.jp/press/2020/03/20210323006/20210323006.html
https://www.youtube.com/watch?v=ccOdJ0ArVHg
[12] From Gartner survey
https://www.zdnet.com/article/connected-cars-how-5g-and-iot-will-affect-the-auto-industry/
[13] 山本 学「クラウド環境でのインメモリ処理技術の役割」IBM Think Blog Japan, 2021
https://www.ibm.com/blogs/think/jp-ja/role-of-in-memory-processing-technology-in-cloud-environment/
[14] Shoichiro Watanabe「Analytics & Cognitive Feature in CVI Series (Part1-3)」IBM Internet of Things Community 2020 (free log-in is required)
https://community.ibm.com/community/user/iot/blogs/shoichiro-watanabe1/2020/09/24/analytics-cognitive-feature-in-cvi-series-part-1
[15] 「IBMは自動運転AIをOEMに展開するビジネスを紹介」週刊エコノミストOnline
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210907/se1/00m/020/068000d
[16] 「2021年ドイツのモーターショーはモビリティをテーマに再始動」IBMソリューションブログ
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/ic-automotive-internationale-automobil-austellung-report/


著者|
安部 麻里 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社 ソフトウェア&システムズ開発研究所 IoT&Cloud開発
シニアソフトウェアエンジニア
TEC-J Steering Committeeメンバー

2015年まで東京基礎研究所所属、2016年よりソフトウェア開発研究所にてConnected Vehicle Insightsのエージェントフレームワークの開発に従事。博士(工学)。

安部 麻里 氏

 

共同執筆者|
水田 秀行 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社 テクノロジー事業本部
クライアントエンジニアリング本部
ガレージクラウドエンジニア
法政大学大学院情報科学研究科兼任講師
TEC-J Steering Committeeメンバー

2021年7月まで東京基礎研究所に所属し、大規模交通シミュレーション等のエージェント社会シミュレーションの研究に従事。博士(理学)。
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橋本 真弓 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
Automotive R&Dシニアコンサルタント

機能安全エンジニアとして車両開発プロジェクトデリバリーに従事(MBA)
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高山 実恵 氏

キンドリルジャパン合同会社
製造第一事業部 豊田第一

製造業を中心にSIプロジェクトやSOプロジェクト、機能安全関連のプロジェクトに従事。現在はキンドリル・ジャパンに移籍し、金融アウトソーシングプロジェクトに参画中。
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古市 実裕 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
ソフトウェア&システムズ開発研究所 IoT&Cloud開発
専任ソフトウェアエンジニア
TEC-J Steering Committeeメンバー

セキュリティ、Edge Computingなどの研究開発を経て、現在、Connected Vehicle Insightsの製品開発に従事。
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渡邊  将一郎 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社 ソフトウェア&システムズ開発研究所 IoT&Cloud開発
ソフトウェア製品開発エンジニア

ソフトウェア開発研究所にてConnected Vehicle Insightsのビッグデータ分析プラットフォームの開発に従事。
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山本 学 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
ソフトウェア&システムズ開発研究所 IoT&Cloud開発
ソフトウェア製品開発エンジニア、Senior Technical Staff Member

ソフトウェア開発研究所にてConnected Vehicle Insights製品の技術リーダー。博士(情報学)。

*本記事は筆者たち個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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TEC-J技術記事https://www.imagazine.co.jp/tec-j/

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