IBM 量子コンピュータの最新状況 ~日本上陸とその意義、127量子ビットプロセッサ、開発ロードマップ、量子コンピュータの性能指標

text:川瀬 桂 日本IBM

 

量子コンピュータ、日本に上陸 

2021年7月27日、商用ゲート型量子コンピュータIBM Quantum System Oneが、日本で初めて新川崎・創造のもりかわさき新産業創造センター内に設置されたことが伝えられた[1]。これは米国外としては、同年6月のドイツに続く世界で2番目、アジアとしては最初の設置となる。オープニング・セレモニーおよび記者発表会を兼ねたイベント「IBM Quantum Building the future together」が開催され、大臣級の政府関係者、自由民主党 量子技術推進議員連盟の長、アメリカ大使館、東京大学総長、東京大学前総長、慶應義塾大学塾長、ユーザー企業代表、日本IBM社長、IBM Research Director SVPといった錚々たる方々にご参列いただけた。

 

今回、新川崎に設置された量子コンピュータは、27量子ビットのFalconプロセッサを搭載が搭載されている。2019年12月の東京大学とIBMによる量子コンピューティングに関するパートナーシップ[2]に基づき、東京大学は量子・イノベーション・イニシアティブ・協議会(QIIC[3])に参加している2大学、11社(2021年11月現在の参加者数)とともに、本機を占有利用する。

 

このIBM Quantum System Oneは、一辺約3メートルの立方体の形状をしており、前後左右の4面はそれぞれ1枚の大型ガラスで構成されている。量子コンピュータは振動などのノイズにも敏感なため、振動を抑制し、気密の確保や内部の空気の流れも考慮された設計になっている。イタリアのGoppion社と共同開発され、その内部構造は[4]に詳しい。

日本に実機を設置する意義 

コロナ禍のため、開発元の米国IBM技術者の来日がままならない中、本機の導入は日本IBM技術者によって達成された。これにより、日本国内に量子コンピュータ設置と保守運用の人材育成が加速され、今後の市場拡大への対応の礎となった。

 

現在量子コンピュータの開発とともに、その利用技術に関する研究開発も世界中で激しい競争が起きている。実機を日本国内に置き、占有利用できるということは、この利用技術での競争を、優位に進めるために必須と言える。前述のQIIC参加企業の研究者は、今回の実機導入により「ジョブの待ち時間を数十倍短縮できました」と述べている[5]。今は特許や論文を、他者よりいかに早く出すかが重要な時期であり、ジョブの待ち時間短縮は大きな価値を生み出す。

また、IBMとして世界で初めての量子システム・テストベッドを東京大学浅野キャンパス内に設置した[6]。ここでは、将来の量子コンピュータにとって必要となる部品・装置・材料の試験を、量子システム・テストベッドで行うことにより、産学連携を活用して、量子コンピュータの研究開発の加速を目指す。これは、今まで存在しなかった、量子コンピュータの部品を製造する産業を、新たに起こすことにほかならず、日本の部品・装置・材料産業にとっても有意義なことである。

127量子ビットEagleプロセッサと開発ロードマップ 

さて、IBMの量子コンピュータの研究開発に目を向ける。今回、日本に導入されたFalconプロセッサは、コア・システムとして定義される27量子ビットのプロセッサである。2020年には、エクスペリメンタル・システムである65量子ビットを備えるHummingbirdプロセッサも米国の研究所で稼働し、クラウド経由で利用できるようになった。そして、2021年11月16日に、127量子ビットを備えたEagleプロセッサの提供を発表した[7]。100量子ビットを超えるゲート型量子コンピュータの公開は世界初である。古典コンピュータでは、この規模の量子アルゴリズムをシミュレートすることが不可能であり、ついに実機でしか試すことができない領域に踏み出した。

Eagleプロセッサは、多層配線と基盤間を貫通電極で繋ぐ技術が使われ、高密度の3次元実装(3D packaging)により実現された。どちらも、室温で使われる通常の半導体では以前より使われていた技術であるが、これを極低温で動作する超電導量子コンピュータに適応させたことに、大きな技術的革新がある。IBM基礎研究所では、長年にわたる半導体技術、およびその実装技術の研究開発に多くの経験と実績があり、それらを総動員しての実現と言える。

 

IBMはそれ以降の開発に関しても、具体的なロードマップを発表しており(下図)、2022年には433量子ビットのOspreyプロセッサ、2023年には1121量子ビットのCondorプロセッサの稼働を計画している。これにより、有益なアプリケーションによる量子優位性(Quantum Advantage)の実現を目指して行く[8]。

 

量子ビット数を増やすだけでなく、システム全体の改良も行われており、ユーザーはこれまで量子コンピュータではできなかった問題に取り組むことができるようになる。 2021年5月に導入されたQiskit runtimeでは、古典コンピュータが処理する部分も含めて、クラウド上で量子プログラムを実行することが可能になり、分子シミュレーションを約100倍以上高速化することに成功した[9]。また、OpenQASM3アセンブリ言語など、改良されたソフトウェア・インターフェイスにより、開発者は、2022年までにジョブの途中で量子状態の測定を行う、動的回路を実行できるようになる。 2023年以降は、大きな量子ビットを有効に活用するための量子回路ライブラリを導入し、開発者がクラウドのAPIから呼び出すことができる、アプリケーション分野ごとにビルド済みのランタイムを提供する予定である。IBMは、引き続きコミュニティが新しい量子アプリケーションを探索、作成、開発するためのオープンソースソフトウェアのリリースを通じて、量子エコシステムの構築を継続して行く。

IBM Quantum System Two ~次世代量子コンピュータのコンセプトデザイン 

IBM Quantum System Oneに続く、次世代の量子コンピュータとして、IBM Quantum System Twoのコンセプト・デザインが、Eagleプロセッサと同日の2021年11月16日に発表された[7]。このデザインの特徴は、モジュラリティである。拡張可能な次世代制御エレクトロニクス、高密度の極低温部品や配線、新しい形状の冷凍機、上層階に設置された補機類のレイアウト、といった量子コンピュータ・システムのスケールアップに必要な要素を持たせたデザインとなっている。2023年に登場予定になっており、将来の量子コンピューティング・データセンターの片鱗をうかがわせる[10]。

画像をクリックするとYouTube「IBM Quantum System Two」が開きます
画像をクリックするとYouTube「IBM Quantum System Two」が開きます

量子コンピュータの性能指標 

量子コンピュータで、より数多くの有用な問題を解けるようにすることが目標である。そのために、量子コンピュータのパフォーマンスを示す指標が必要になってくる。量子コンピュータの性能指標には、規模(Scale)、品質(Quality)、速度(Speed)という3つの重要な要素があり、これらすべてを向上させていく必要がある(下図)。

規模については、システム内の量子ビット数の向上が、前節の開発ロードマップで示した通り、向上させていく予定である。品質に関しては、IBMが定義したQuantum Volumeを使用し、既にクラウド経由でQV128を達成した複数のシステムをユーザーに提供している。Quantum Volumeは、量子コンピュータが、どれだけの数の量子ビットを、どのくらいの回数まで計算できるかを示す指標である[11]。

速度は、アプリケーションの実行にとって重要な要素であるが、今まではソフトウェア依存関係と独立に量子計算の単位である量子回路実行速度を示す適切な指標はなかった。2021年11月1日、IBMはCircuit Layer Operations Per Second(CLOPS)と呼ばれる指標を提案した[12]。CLOPSは、量子プロセッサが量子回路を1秒間にどれだけ実行できるか示す指標である。IBMの最速のシステムは、現在1秒あたり最大1400の回路層操作を実行できる。

 

現在IBMの量子コンピュータで使用している方式である超伝導量子ビットが、高性能量子計算のための最も自然な選択であると考えている。他の方式の量子コンピュータでは、規模、品質、速度の一部の指標において、高性能を実現できるものもあるが、その3つをすべて向上させることはできていない。最も継続的な性能向上が見込まれるのは超伝導量子ビットである。

量子コンピュータの技術開発は、急激な速度で進みつつある。日本にも実機が導入され、国内の量子アプリケーションに劇的な効率向上をもたらすと同時に、部品・機器・材料の開発にも拍車がかかりつつある。また、IBMは世界で初めて100量子ビットを超えるシステムを稼働させ、2023年には1000量子ビットを超えたシステムの稼働も計画している。規模、品質、速度の3つの指標がそれぞれ進化したシステムが順次登場してくるだろう。コミュニティ活動も活性化しており、量子アプリケーションの開発者の数も増えてきている。少し前までまだまだ先と思われていた量子優位性も、昨今の状況を鑑みると、割と近い将来に達成できると思えてくる。

 

◎参考文献

[1]東京大学とIBM、日本初のゲート型商用量子コンピュータを始動
https://jp.newsroom.ibm.com/2021-07-27-Launched-Japan-first-gate-type-commercial-quantum-computer
[2]東京大学とIBM、「Japan–IBM Quantum Partnership」の設立に向け検討を開始
https://jp.newsroom.ibm.com/2019-12-19-Japan-ibm-quantum-partnership
[3]QIIC
https://qii.jp
[4]IBM Quantum System One AR
https://quantum-ar.com
[5]研究が加速する!日本で稼働を始めた量子コンピュータを使ってみた
https://www.ibm.com/blogs/think/jp-ja/accelerating-research-quantum-ibm-kawasaki/
[6]東京大学とIBM、量子コンピュータ・ハードウェア・テストセンターを東京大学に開設
https://jp.newsroom.ibm.com/2021-06-07-The-University-of-Tokyo-and-IBM-Open-Quantum-Computer-Hardware-Test-Center-at-The-University-of-Tokyo
[7]IBMが127量子ビットの画期的な量子プロセッサを公開
https://jp.newsroom.ibm.com/2021-11-17-IBM-Unveils-Breakthrough-127-Qubit-Quantum-Processor
[8]IBM、量子技術のスケールアップに向けたロードマップを発表
https://www.ibm.com/blogs/think/jp-ja/ibm-quantum-roadmap/
[9]IBM Quantum delivers 120x speedup of quantum workloads with Qiskit Runtime
https://research.ibm.com/blog/120x-quantum-speedup
[10]IBM Quantum System Two: Design Sneak Preview
https://www.youtube.com/watch?v=a0glxDw700g
[11]What Is Quantum Volume, Anyway?
https://medium.com/qiskit/what-is-quantum-volume-anyway-a4dff801c36f
[12]Driving quantum performance: more qubits, higher Quantum Volume, and now a proper measure of speed
https://research.ibm.com/blog/circuit-layer-operations-per-second

川瀬 桂 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
プログラムダイレクター
量子コンピューティングプログラム

日本IBM東京基礎研究所(IBM Research – Tokyo)入社後、主にハードウェア関連の研究に従事。数多くの研究・開発プロジェクトを率いた。2016年より、量子コンピュータの日本での展開に関して取り組み、慶應義塾大学および東京大学とのプロジェクトを推進。2021年より、 社内の量子コンピュータ関連のプロジェクトを束ねるとともに、日本への実機の設置を推進。

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


当サイトでは、TEC-Jメンバーによる技術解説・コラムなどを掲載しています。

TEC-J技術記事https://www.imagazine.co.jp/tec-j/

[i Magazine・IS magazine]

More Posts