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「共創」をリードできるアーキテクトは、2つのタイプに分けられる ~TEC-Jプレジデント 久波健二氏に「エンジニアのあるべき姿」を聞く

企業間のエコシステムや「共創」が大きなテーマになっている。そのうねりの中で、エンジニアは自らの価値をどのように発揮し、どうエコシステムや共創に貢献していくべきなのか。日本IBMでCTOを務め、アーキテクトの育成にも携わる、技術理事の久波健二氏に話をうかがった。

久波 健二 氏

 
日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事(IBM Distinguished Engineer)
Hybrid Cloud Service CTO
保険インダストリーCTO
TEC-Jプレジデント

-- 最初に経歴をご紹介ください。

久波 私は1994年入社組で、最初の所属は製品技術部門でした。そこで製品のマイクロコードに関する仕事を担当し、その後、現場のお客様のプロジェクトにも技術者として参加するようになりました。製品技術部門の仕事が半分、現場の技術者としての仕事が半分という時期が10年ほど続きました。その後、問題の発生したプロジェクトの火消し役のような仕事が増え、そこで知己を得たお客様から将来の全社システムのグランドデザインを依頼されるに至り、次第にウエイトがそちらに移っていきました。現在は日本IBMのハイブリッド・クラウドサービス担当CTO兼、保険業界担当CTOとして、お客様のCxOの方々と将来の業界はどこへ向かうのか、それを支える次のシステムアーキテクチャをどうすべきか、といったことの議論を重ねています。

-- 経歴を拝見すると、イタリアとインドでも仕事をされていますね。

久波 IBMグローバルの人事プログラムにより派遣されたものですが、イタリアでは鉄道予約発券システムの再構築プロジェクト(2009年)、インドでは石油精製プラントの建設にあたり管理システムの構築プロジェクトにアーキテクトとして参加しました(2009~2010年)。IBMでは希望すればグローバルで自分の実力を試し研鑽を積む機会は多く与えられます。その経験により私自身の視野を広げ、海外の技術者との人脈の重要性と価値を肌身で感じることができました。今のIBMのグローバルの技術者コミュニティである、IBM技術アカデミー(IBM Academy of Technology)の活動にものすごく活きていると感じています。

-- 技術アカデミーではどのような活動を行っているのですか。

久波 IBM技術アカデミーの活動では、IBMの技術戦略の議論や、具体的な戦術としての実現アプローチを開発します。「Global Technology Outlook」という将来の技術の方向性をまとめたレポートの作成などに関わることもあります。それらの活動成果は、最終的にアービンド(CEOのクリシュナ氏)へ提言されます。

-- 現在のお仕事についてお話しいただけますか。

久波 私は現在、3つの役割をもっています。1つ目は日本IBMの保険業界のCTOとして、2つ目はハイブリッド・クラウド技術を用いたサービスのCTOとして、共にテクノロジーによるお客様のビジネスの成功をお手伝いしています。そして3つ目はIBMコンサルティング事業部のアーキテクト職のプロフェッション・リーダーです。

-- アーキテクト職のプロセッション・リーダーというのは、どのような仕事ですか。

久波 簡単に言えば、アーキテクトの人材育成です。今IBMではお客様と一緒に新しいビジネスモデルを生み出していく「共創」が重要なテーマとなっており、その「共創」をテクノロジーでリードできる技術者(アーキテクト)の育成が大きな課題になっています。ところがアーキテクトの育成は従来の手法が通じず、非常に難しい命題です。私の仕事はその命題を解きほぐし、アーキテクト1人ひとりに寄り添った育成法を企画し推進することです。

-- アーキテクトの育成が難しいのは、どうしてですか。

久波 オープンソース技術や量子コンピュータといった会話の前提となる技術領域の幅が広がっていることもありますし、物事の価値観や働き方を含めた多様性(ダイバーシティ)などへの対応も考慮しなければなりません。それにもまして、昔のような大人数で取り組む大規模プロジェクトが少なくなり、プロジェクトの中で後輩を鍛えるというような徒弟制度のような育成の機会が減ってしまったことが大きな理由だろうと思います。クラウド技術のような技術知識ならばオンライン教育でスキルアップできますが、「共創」を支える優秀なアーキテクト育成は、さまざまな現場経験とそこで得た知見、言うなれば失敗と成功の繰り返しが必要なので、一筋縄ではいきません。お客様の現場を踏まえ、かつ全体も視野に入れた上でお客様と共に将来を語り合える技術者(アーキテクト)を育てるのは、とても大きなチャレンジです。

-- そうした共創をリードできるアーキテクトとは、どのような人ですか。

久波 IBMはこれまで、お客様が求めておられるものを理解し、要件を定義して具体化するということをメインに行ってきました。それは、どのような業務を実現するか、もしくはシステムを作るかが、お客様の頭の中に明確なイメージがあったからできたことです。今はお客様も、次のビジネスモデルが定かではない、将来のシステムが見通せないとおっしゃいます。そのような状況では、お客様と一緒に、お客様の今後についてあるべき姿を議論できることが重要で、お客様は業務の専門家、IBMはテクノロジーの専門家として、それぞれの得意分野をぶつけ合うことによってイノベーションを起こせる技術者が強く求められています。IBMを見渡しても、そのようなタレントをもつ技術者は貴重な人材です。

-- その少数の人たちに共通するものは何でしょうか。

久波 お客様の業務に関する最低限の知識や、技術について感度のいいアンテナをもち応用力が利くというベースラインは共通しますが、その上で2つのタイプに分けられると思っています。1つはカリスマ性のある技術者で、お客様を惹きつけてリードしていくタイプ。もう1つは、お客様の中にいつの間にか溶け込んで、(表現が適切ではないですが)お客様の同僚や友達のような感覚でカタリスト(触媒)として機能するタイプです。後者はお客様から、ITが得意な社員の1人のように見られています。

-- 久波さんはどちらのタイプでしょう?

久波 私自身にカリスマ性があるとは思いませんが、いつも心がけているのは“私の存在価値”です。お客様と議論する時にお客様と同じ視点で同様な発言しても価値はないと考え、お客様にいかに多様なアイデアのヒントを与えられるか、いかに気づきを得ていただくかに腐心しています。そのためにはお客様がどこへ向かおうとしているのかの仮説を立て、お客様も気づいていない真実は何か、ということに対する思考を繰り返しています。

-- では、若いエンジニアはどのようなことを心がければよいのでしょうか。

久波 心がけではありませんが、下の図は若い技術者や新入社員に話をするときに使っている図で、お客様が内製化の比率を年々高め、ITサービスの限界費用がゼロに近づきつつある社会の中で、我々はどのように自らの価値を発揮し、どうあるべきかを2点まとめたものです。1つは、自分のファンを増やし人脈を広げることの重要性です。つまりお客様の信頼を得て、インフルエンサーとなることが1つのあるべき姿の目標と思います。もう1つは、技術の専門家としてのあり方で、それにはテクノロジーの可能性や限界を先んじて経験し、それをわかりやすくお客様にお伝えしていくというエバンジェリストが目指す姿と思います。

今後求められるIBM技術者

-- 久波さんの役割の話に戻りますが、ハイブリッド・クラウド技術を用いたサービスのCTOとしてはどのようなことを考えていますか。

久波 逆説的ですが、お客様はハイブリッド・クラウドを大きな課題としてはいけないと思います。むしろ、意識することなくシステムをどこにでも好きなように展開(デプロイ)でき、好きな時に自由に再配置できるという柔軟性や可搬性(ポータビリティ)こそ重要でしょう。IBMは、そのテーマに応え得るシステム・アーキテクチャを策定する必要があり、自社だけではなく、パートナー企業とエコシステムを組んで提供していくことが非常に重要だと考えています。

私どもはこれまで自社の製品・技術だけでソリューションを提供する垂直統合のビジネスモデルを志向していましたが、システムの作り方が多様化している現在、それだけでは限界があります。今は、他社とのコラボレーションという水平分散によって、お客様が求めているものをアジャイルに開発し、かつスピーディに提供することが可能です。パートナー企業を含めた共創モデルの推進を、CTOのミッションの1つとして強く意識しています。

-- その柔軟性や可搬性を備えるアーキテクチャの課題は何でしょうか。またユーザーはどのようなメリットを享受できるのですか。

久波 お客様にITリソースの所在を意識させないという点では、データの仮想化(データ・ファブリック)やシステムの仮想化の技術はかなり進んでいます。ただし、電力や水を使うようにITリソースをいつでもどこでも接続すれば一定以上の品質で、加えて要件に応じて自由に使い分けられるかというと、まだそこまでは到達していません。たとえば、電力供給では電力自由化により電気代の安い/高いや、SDGs基準に適合しているかなどの各自の基準をもとに供給元が動的に選択されるようになっています。これはAIを含めたIT技術が支えていますが、ITリソース自体もいずれそうした提供形態が不可欠になると思います。そこがチャレンジで今後も進化し続けられるアーキテクチャのテーマの1つだと考えています。

-- 先ほど、他社とエコシステムを組んでいくというお話がありましたが、そのエコシステムの中でIBMはどのような価値を発揮していくのでしょうか。

久波 最近メタバースがニュースなどで盛んに取り上げられGAFAM企業の動向が大きな話題になっています。しかしメタバースを技術的に本当にリードしているのは、ユニコーンやスタートアップ企業と思います。そのユニコーンやスタートアップ企業とエコシステムを組んだ時にIBMがどのような価値を提供できるのかを考えると、まずIBMには量子コンピュータや半導体技術、新しい素材などに関する先進的な基礎技術や研究成果が多くあります。それをエコシステムの中で組み合わせて活用していくことは有効だと思います。それと同時に、あるいはそれ以上に、ユニコーンやスタートアップ企業が金融業界や製造業界などのミッションクリティカルな業務にビジネス展開していくときに、開発運用ノウハウやアセットの提供、将来を見据えたグランドデザイン力でIBMの価値を発揮できるのではないかと考えています。基礎技術を背景とした技術力と共に実践力のあるIBMは、まだどの企業よりも一日の長があるはずです。

-- そのエコシステムを成功に導くものは何でしょうか。 

久波 それはIBMにおける根本的なカルチャーチェンジです。IBM社内にはまだウォータフォール的な考え方が根強く残っていて、要件によっては適合する場合も多くありますが、パートナーとエコシステムを組んでアジャイルにイノベーションを生み出していこうという時には足枷となります。エコシステムを推進するためのカルチャーをいかに築き、血とし肉とするのか、IBMにとっては非常に大きなチャレンジであり、今まさに取り組んでいます。

-- TEC-Jのプレジデントとして、技術者コミュニティの意義をどのように捉えていますか。

久波 2021年の年初に「TEC-J 2021 Direction」という指針を参加メンバー向けに発表しました。その中で強調したのは、TEC-Jはオープンな技術コミュニティのプラットフォームであるという点で、企業の壁も、メンバーの立場の違いも、地理的な遠近も超え、ダイバーシティの中で技術者が楽しく技術を磨ける場であることをメッセージしました。そうした自由なプラットフォームは、技術者の成長やスキルアップには欠かせないものだろうと思います。与えられた仕事をこなすのではなく、自分の意思で技術やテーマを選択し、同じ志をもつ仲間と切磋琢磨するということは、計り知れない効果や影響を生み出すと考えます。

 

-- 図の中で、「守・破・離」という言葉を使っていますね。

久波 そのころ「鬼滅の刃」が流行っていたので伝わりやすいかもしれないと思って借用したのですが、「守」は技術の伝統(型)を継承し知恵を育むということ、「破」はその伝統を破壊(ディスラプト)して新しいものを生み出すこと、そして「離」は新しい型を創造し移っていくことを示しています。「守」に加えて、「破」では既に別会社になったキンドリル社からの参加メンバーと一緒に活動を進めていますし、「離」ではTEC-Jの枠を超えてConnpassでセミナーを主催したり、Qiitaでブログを書くことを実践しています。

-- TEC-J自体がIBMの枠を超えて水平に広がりつつあるのですね。

久波 TEC-J(Technical Experts Council of Japan)という名称をよくよく見ると、IBMの文字はどこにも入っていません。ということは、コミュニティの成り立ちからしてIBMを意識しなくてよいという思想だと解釈し、IBMの枠に捉われない活動を展開していこうと考えました。

実際、今年度はTEC-Jの活動プラットフォームを「IBM Community Japan」の基盤へと移行させます。IBM Community Japan自体がIBM社員に閉じられたものではなく、お客様やパートナー、あるいはIBM Community Japanに賛同する誰もが参加できる場ですから、TEC-J自体もよりオープンなプラットフォーム上で進化を継続していきます。

-- 最後に、若手技術者の育成という観点で、組織・マネージャーが心すべきことは何だと考えていますか。

久波 やはりオープンな「場」(プラットフォーム)の提供です。若い技術者が生き生きと仕事し、自ら考え・実践することを周囲が支援できるような環境です。特に最近は技術者同士が物理的に活動を共にすることが少なくなっていますから、若い技術者がちょっとした相談やアドバイスをもらうことが難しくなっています。若い頃の不安や戸惑いには特有のものがありますから、相談に乗る人や“それはいいね”と一緒に寄り添う人をメンターとしてアサインするもの1つの解決策だろうと思います。TEC-Jはまさにそうした不安や戸惑いを受けとめる場でもあります。もしTEC-Jのような場が身近にないときは、外部のコミュニティやイベントに参加する機会を紹介するのも1つの考え方だろうと思います。そういう場を知らない場合や参加を躊躇していることも多いので、組織やマネージャーから積極的に提案し提供していくことが必要だろうと思います。

久波 健二 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事(IBM Distinguished Engineer)
Hybrid Cloud Service CTO、保険インダストリーCTO
TEC-Jプレジデント

大規模で複雑な開発プロジェクトにて、ITアーキテクチャ策定から本番稼働まで幅広く参画し、お客様の成功を支援。最近はマルチクラウド環境での基幹システム・アーキテクチャ策定活動を中心に従事。アーキテクトCoC(Center of Competency)リーダーとしてアーキテクト人材育成、TEC-Jプレジデントとして日本IBMの技術コミュニティ活動を推進。

*本記事は話し手個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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