米IBMでIBM iのAIアーキテクトを務めるジェシー・ゴルジンスキー氏は9月24日、「IBM Power S1112が拓くAI活用の新たな可能性(Why IBM’s New S1112 Is a Win for AI)」と題するブログをTechChannelサイトで公開した(*1)。
ゴルジンスキー氏はその中で、Power S1112、とくに10コア・モデルがIBM iユーザーに新たなオンプレミスAIの選択肢をもたらすとして、その特徴と可能性を解説している。
*1 https://techchannel.com/artificial-intelligence/ibm-s1112-a-win-for-ai/
Power S1112は、2026年7月14日に発表されたPower11世代のエントリーサーバーである(*2)。2024年に投入されたPower10世代のエントリーモデル「Power S1012」の後継に位置づけられ、4コアと10コアのeSCMモジュールを用意する。最大512GBのDDR5メモリ、4基のPCIeスロット、最大4台のNVMeドライブ、最大12.8TBの内蔵ストレージなどをサポートし、ラックマウント型とデスクサイド型が提供される。
*2 i Magazine記事:https://www.imagazine.co.jp/power-s1112/
ゴルジンスキー氏がとくに注目するのが、S1112の10コア・モデルである。
IBMの価格体系では、エントリーレベルのPowerシステムは「P05」ティアに位置づけられる。S1112の10コア・モデルでは、IBM iが利用できるのは最大4コアに制限される一方、残りのコンピュート能力をLinuxなどの「その他のワークロード」に利用できる。
これによりIBM iユーザーは、P05というエントリークラスの価格体系を維持しながら、同じPowerサーバー上にLinux環境を配置し、AIやオープンソースのワークロードを稼働させることが可能になる。
ゴルジンスキー氏は、こうしたIBM iの周辺にLinuxベースのテクノロジーを配置する構成を「サイドカー(sidecar)」と表現している。
Linux側では、HTTPプロキシやロードバランサー、Kafka、オブザーバビリティ(可観測性)ツールをはじめ、さまざまなオープンソース・ソフトウェアを稼働できる。そして、ここで大きな意味をもつのが、Power11プロセッサに搭載されたAI処理機能である。
GPUなしでAI推論を実行するMMA
すべてのPower11プロセッサには、「Matrix Math Acceleration(MMA)」テクノロジーがオンチップで搭載されている。
MMAを利用することで、GPUを別途搭載することなく、Power11プロセッサ上でAI推論を効率よく実行できる。また、IBM iが保持するデータの近くでAI処理を実行できるため、低遅延での処理に加え、機密データを外部へ持ち出すことなく、自社環境で管理できる点も大きな特徴となる。
つまりS1112の10コア・モデルでは、「IBM i+Linux+AI」という環境を1台のPowerサーバー上に構築できる。IBM i上で基幹業務を稼働させ、その隣のLinux環境でAI推論やオープンソース・ソフトウェアを実行する。ゴルジンスキー氏は、こうした構成にS1112の大きな可能性を見ている。
動画分析、グラフ分析など具体的なAIワークロードも
では、S1112上では、どのようなAIワークロードを実行できるのか。
ゴルジンスキー氏は、IBMが複数のISVと協力し、S1112のコンピュート能力を利用するソフトウェアの認定を進めているとして、具体的な取り組みを紹介している。
その1つが「Equitus Video Sentinel(EVS)」である。EVSはリアルタイムの動画分析を提供するソリューションで、小売、トラック輸送、公共安全、製造など、IBM iが強みをもつ業種でさまざまな活用が想定されている。
もう1つが「Rocketgraph xGT」で、インメモリのグラフ分析プラットフォームである。不正検知、マネーロンダリング対策、脆弱性管理など、データ間の複雑な関係性を高速に分析する用途に適しているという。
さらにIBMは、「AI Launchpad(AI Services)」と呼ばれるターンキー型のAIソリューション群も整備している。AI Launchpadを利用すれば、Linux環境上にAIワークロードを短時間で展開できる。オンプレミスだけでなくPower Virtual Server(PowerVS)でも利用でき、柔軟なAI推論と効率的なスケーリングを実現する。
Power向けPythonエコシステム「PyEco」
既製のAIソリューションではなく、ユーザー自身がAIアプリケーションを開発したい場合に利用できるのが、IBM Power向けPythonエコシステム「PyEco」である。
PyEcoでは、PyTorch、TorchVision、TorchAudioといったディープラーニング関連ライブラリをはじめ、NumPy、SciPy、Pandas、Matplotlibなどの科学技術計算・データ分析ライブラリ、OpenCVなどのコンピューター・ビジョン関連ライブラリを利用できる。
このほか、自然言語処理、データ処理、データベース接続、Web/ネットワークなどの主要なPythonパッケージも用意されており、Powerハードウェアが備えるAI処理能力を活用した独自ソリューションを構築できる。
つまりS1112では、あらかじめ用意されたAIソリューションを導入するだけでなく、Pythonを利用して独自のAIアプリケーションを開発するための環境も整えられている。

「AIを使うかもしれない」なら10コア
ゴルジンスキー氏はブログの中で、P05ティアのユーザーが4コア・モデルと10コア・モデルのどちらを選択すべきかについても、明快な考えを示している。
判断基準は、「自社はAIをどう考えているか」である。AIを現在も将来も必要としないのであれば、4コア・モデルが選択肢になる。一方、現在あるいは将来AIを利用する可能性があるなら、10コア・モデルを選択することをゴルジンスキー氏は勧めている。
実際には、多くの企業の答えは「AIを利用するかもしれない」というものだろう、と同氏は見る。AIにビジネス価値を感じていても、具体的なユースケースをまだ特定できていない企業もあれば、ユースケースは想定していても、実行計画まで策定できていない企業もあるからだ。
そうした企業に対してゴルジンスキー氏は、少し先回りして10コア・モデルを選択し、AIを活用するタイミングが訪れたときに、すぐに動ける環境を準備しておくことを提案している。
エントリーPowerを「AIプラットフォーム」へ
S1112の10コア・モデルのポイントは、単にPower11のエントリーサーバーとして処理能力が向上したことだけではない。
IBM iが利用する最大4コアとは別に、LinuxやAIに利用できるコンピュート能力を確保し、Power11に標準搭載されたMMAと組み合わせることで、P05クラスのシステム上に「IBM i+Linux+AI」という環境を構築できる。しかも、AI処理をIBM iのデータに近い場所で実行できる。
ゴルジンスキー氏は、外部のクラウドサービスや、それに伴う複雑さに依存することなく、自社のハードウェア上でAIを実行できる点を、10コア・モデルの大きなメリットとして挙げている。
また、S1112上で利用できるAIソフトウェアは、AI Launchpadを含め、より上位のPowerシステムでも稼働する。そのため中規模・大規模ユーザーに対しても、将来的に自社環境でAIを稼働させる可能性があるなら、次回のシステム更改を計画する際に、そのニーズを考慮すべきだとしている。
さらに、一部のエンタープライズ・ユーザーでは、既存のインフラにS1112を追加し、独立した補助システムとして利用することも検討されているという。
こうした点を踏まえ、ゴルジンスキー氏は、S1112、とくに10コア・モデルを、単なる「IBM iを稼働させるエントリーPower」にとどまらず、IBM iのすぐ隣でLinuxとAIを稼働させ、オンプレミスでAIを活用するための新たなプラットフォームになり得るものとして、その可能性を強調している。
[i Magazine・IS magazine]







