感動を呼ぶ、浅川智恵子氏の講演「誰一人取り残さないために情報技術が果たす役割」 ~7月末までYou Tubeで公開。情報処理学会「第2回情処ウェビナー」

浅川智恵子 IBMフェロー

IBMフェローの浅川智恵子氏が情報処理学会の「第2回情処ウェビナー」(5月28日開催)で「誰一人取り残さないために情報技術が果たす役割」と題して行った講演の録画が、7月末までの期間限定で公開されている。

浅川氏は11歳のときの目の怪我がもとで、14歳で失明。その当時はPCやインターネットはなく、とたんに情報へのアクセスと一人での移動が困難になった、と浅川氏は語り出す。

そして現在。今ではインターネットがあり、スマホや情報家電などアクセシビリティを考慮した機器のめざましい進歩によって、「視覚障がい者の生活の質は徐々に向上しつつあります」と、浅川氏は言う。実際、どのように生活が便利になり視覚障がい者の活動範囲を広げているのか。浅川氏が使用中のスマホアプリやオーブン、レンジ、洗濯乾燥機、体重計、換気センサ、パルスメーターなどを使って実際にアクセシビリティを紹介する様子は、アクセシビリティの理解のために多くの人にとって必見ではないかと思われる。

ただし、アクセシビリティを付加していないアプリも少なくない、と浅川氏は指摘する。次のような点である。

・説明文がないUI要素
・不適切な説明文が付いたUI要素
・スクリーンリーダーでアクセスできないUI要素

そして上記のような問題をもたないアクセシブルなアプリの普及へ向けては、次の3点が必要になると話す。

・スマートフォンアプリのアクセシビリティについて認知度向上
・開発者がアプリのアクセシビリティをチェックできるツールの開発・普及
・視覚障がい者が問題を見つけて修正できる方法の提供

浅川氏は次に、現在取り組む「リアルワールドアクセシビリティ」へと話を進める

「今街を歩いていて、自分の周囲にどんなお店があり、どんな品物があって、行列ができているのか、知り合いが向こうから歩いてくるのかは、技術の助けをなくしてわかりません。これらの情報への視覚的アクセスを可能にすることが、今の私のチャレンジです」

「しかし、リアルワールドアクセシビリティの実現はたいへん大きなグランドチャレンジです。あらゆる技術が必要です。技術だけでなく認知科学、心理学、法律の知識も必要です。学際的アプローチが必要と思います」

浅川氏は2014年秋にIBMフェローとして米カーネギーメロン大学に赴任し、「夢の実現へ向けて」(浅川氏)、「コグニティブ・アシスタント・ラボ」を立ち上げる。そして最初に取り組んだのが「NavCog(ナブコグ)」と呼ぶ屋内ナビゲーション・システムである。

NavCogのコア技術は、視覚障がい者を目的地に安全に誘導するために新たに開発した高精度な位置推定アルゴリズム。建物内に設置したBluetooth機器からのビーコン電波とスマホ内蔵の加速度センサーと気圧計を使って位置推定を行い、さらに位置情報と周囲の店舗情報などを含めた歩行経路マップとを組み合わせることによって、柔軟な歩行ナビゲーションと周囲の店舗情報などの読み上げが可能になるという。

NavCogを初めて手にした視覚障がい者がホテルや空港ロビーを単独で歩くシーンは感動的である。

NavCog

しかしながら、視覚障がい者が白杖とスマホによるナビゲーションを頼りに単独で移動するのは、段差を踏み外したり経路を外れる恐れが常にあるため、「心理的負荷が高い」と浅川氏は言う。

そこで浅川氏ら研究チームは、「AIスーツケースプロジェクト」を開始した。

「私はスーツケースをもって一人で出張することが多くありますが、スーツケースと白杖の2つを持って旅行するのはたいへんです。そこでスーツケースを白杖の代わりとしても使うテクニックを編み出しましたが、そのスーツケースにAIや認識、プランニング、コントロールなどの機能を搭載できれば、スーツケースは私の新たな旅のお供になると考えました」と、浅川氏はプロジェクトの動機を語る。

録画ではAIスーツケースを使った歩行の実際や仕組みの解説がある。そこはぜひ、You Tubeで見ていただきたい部分だ。

AIスーツケース

「パンデミックは悲惨です。しかし人々は新たなチャレンジに立ち向かうために、新たな技術の開発に取り組んでいます。これが私たちの社会のレジリエンスです。レジリエンスは私たちの生活の質を向上してきたと言えます。今私たちは新しい技術を開発して、それを必要としているユーザーが実際に使えるようにするための一歩を踏み出す必要があります。つまり新しい技術を社会に実装する必要があると考えています」

「発明と社会実装は分けることができない車の両輪です。どんなに優れた技術でも実際にユーザーが使って磨かなければ社会を変える真の原動力にはなりません。ただし社会実装のためには多くの壁をのり超える必要があります」

「アクセシビリティという技術は障がい者という少数のグループを対象にしてきましたが、歴史をひもとくと大きなイノベーションを生み出してきました。電話は1800年代にグラハム・ベル氏が聴覚障がい者とのコミュニケーションを円滑にするべく信号処理の研究をしていく中で生まれたと言われています。音声インターフェースの開発も障がい者のニーズが大きな動機になっています。自動運転自動車の開発は視覚障がい者の夢が牽引したと言われています」

浅川氏は今年(2021年)4月に日本科学未来館の館長に就任した(兼任)。「日本科学未来館を、障がい者・高齢者・子供・外国人などすべての人が最新の科学技術を体験できる実験場にしたい」と抱負を語る。

「最新の技術を体験できるようにすることによって、新しい技術の社会実装を加速できるかもしれません。技術とともに実現する未来社会を誰よりもいち早く体験できるようにすることで時代の歯車を少しでも回すことができれば、これほどうれしいことはないと思っています」

 

・浅川智恵子氏の講演録画「誰一人取り残さないために情報技術が果たす役割」(You Tube)
・「NavCogの使い方」(GitHub)

・NavCog(アプリ)
・「屋内外を区別なく案内する音声ナビゲーション・システム」(日本IBMサイト)

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