Interview|幼生の繊毛を尾に変え 顎と脳を発達させて ヒトは誕生した ~佐藤 矩行氏(沖縄科学技術大学院大学 教授)

佐藤矩行 沖縄科学技術大学院大学教授は、これまでに何度か、世界をあっと驚かせる研究成果を発表してきた。海の小さな生物からヒトへの進化を探る佐藤矩行先生に話をうかがった。

 

佐藤 矩行氏

沖縄科学技術大学院大学
マリンゲノムユニット 教授

 

 

ホヤの発生学から遺伝子研究、
ゲノム研究へとテーマを移す

i Magazine(以下、i Mag) 佐藤先生はOIST(沖縄科学技術大学院大学)の開校時(2011年)から教授を務めておられるのですね。

佐藤 そうです。僕は2009年に京都大学を定年退職したのですが、もう少し研究を続けたいと思って、当時OISTの創設準備を進めていた「沖縄科学技術研究基盤整備機構」のシドニー・ブレナーさん(当時・理事長、2002年のノーベル生理学・医学賞受賞者)に相談したら、二つ返事でOKを出してくれてOISTに来ることになりました。

 ブレナーさんはOISTを脳研究のセンターにしたいと考えていたようですが、沖縄はこれだけきれいな海に囲まれていますから、僕のような海の生物学者がいてもいいと思ったのではないかと思います。

i Mag 先生はホヤの研究で世界的に有名ですが、ずいぶん長くやってこられたのですね。

佐藤 京大の助手時代からなので、40年近くになります。ホヤは脊索動物のなかでわずか7回の細胞分裂で原腸(消化管の原基)を形成するので、発生学の研究にはもってこいの材料なのです。

 最初はホヤの胚の発生を研究する、ごくふつうの発生学をやっていました。ところが遺伝子をやらないとどうにも先へ進めないことがわかって、ホヤの遺伝子の研究に移りました。その取り組みはどこよりも早かったので多くの成果がありましたが、あるとき、このまま遺伝子を1つ1つ探し出していっても生物全体の進化は捉え切れないのではないか、と思ったのです。生物の進化の全体像を知ろうとするのなら、まずは遺伝子の全体像を把握して、それから脊索動物の発生や進化を考えるほうが早いのではないか、と。

i Mag それでゲノムの研究に向かわれる……。

佐藤 最初はものすごく苦労しました。それでもいろいろな先輩方の助けやチームの協力があって、さらには米国のJGI(Joint Genome Institute、世界的なゲノム研究センター)から共同研究の誘いもあったりして、研究が進みました。2002年には米国の研究者らと共同で、動物としては世界で7番目となるホヤの全ゲノムの解読に成功しています。その成果を基にして、ホヤの研究は全世界で急速に進みました。

i Mag しかし先生はOISTに着任したら、あっさりと別の研究に移ってしまうのですね。

佐藤 ブレナーさんは先を読むことに非常に長けた人で、当時としては最先端の遺伝子シーケンサ(DNA配列解読装置)を導入していたのです。これを使わない手はないと思い、何をシークエンスしようかとなったときに、沖縄だからサンゴだろうという声が上がり、調べてみたら世界で誰もサンゴのゲノムを解読していないのです。

 でも、いざ取りかかろうというときは、きちんとした解読ができるのか、生物学的な発見をして論文を書けるのか、とても不安でした。

i Mag ところが2011年にサンゴの全ゲノムを解読して、世界をあっと驚かす。

佐藤 いい仲間に恵まれたことが第一の要因ですが、それに加えてOISTが本当に凄いからなのです。シーケンサは常に最先端の機械を複数台揃えていますし、スーパーコンピュータも複数台あります(現在は384ノードの「Tombo」と438ノードの「Sango」)。そして、それらをオペレーションする優秀な技術者も揃っています。ゲノムの解析はDNAを読んだだけでは意味がなく情報処理が不可欠ですが、OISTではそのすべてを学内だけで行えます。こんな研究施設は、世界でもそう多くはありません。

i Mag 研究はそれからどのように進むのですか。

佐藤 サンゴに続けて、それと共生関係にある褐虫藻、天敵のオニヒトデ、もずく、真珠の養殖に使うアコヤ貝へと広がっていきました。褐虫藻の全ゲノムの解読も世界で初めて成功しています(2013年)。

i Mag サンゴに関しては、地元の恩納村漁業協同組合の事業に協力しているのですね。

佐藤 沖縄では1998年にサンゴの大規模な白化が発生し、絶滅の危機にさらされました。その後、恩納村漁協ではサンゴの枝の一部を切り取って植え付けるという人工のサンゴ礁作りを続けていますが、移植したサンゴのうち、あるものは受精し、あるものは受精しないという現象が起きるのです。この問題をゲノム情報を基に解明し、移植を効果的に行えるようにするのが協力の内容です。今のところ、遺伝的に異なる4個体が近くにいれば受精がうまく起こることがわかっていますので、この遺伝的に異なる個体の選別法を開発して協力しています。

 また現在はその延長で、海水温が上昇すると白化が起こるメカニズムを究明し、白化しないようにする防止策の確立に取り組んでいます。1つの方法は遮光用の網をサンゴに被せることですが、恩納村漁協の人たちに驚かされるのは、海水温を含めて海のなかがどう変化すると白化が起こりそうか経験則でおおよそ知っているのです。僕らとは段違いに情報をもっているので、協力というよりも一緒に研究している感覚です。

 

シングルセル解析という
凄いことが起きている

i Mag 先生の現在の関心は何ですか。

佐藤 最近は「シングルセル(単細胞)解析」です。これまでの生物学では「脊椎動物のこの細胞の固まりから臓器が作られます」などと説明していましたが、シングルセル解析の手法を使うと、細胞を1つ1つ解析できるので、「細胞の固まり」のなかのメカニズムをより詳細に把握できます。これまで大掴みに「細胞の固まり」としていたものを、「複数のクラスターの集合」として捉えることができるのです。そのクラスターがどのように組成したのかが解明できれば、より深いレベルで進化がわかるはずです。まさに生物学の革命と言っていい研究手法で、凄いことが起きていると見ています。

i Mag 目下の研究テーマは何でしょうか。

佐藤 僕の最終テーマは、脊索動物の発生と進化の全体をまとめることで、脊索がどのように発生し、それを中心に脊索動物全体がどう進化してきたかです。

 海の生物は、卵から幼生に変わると繊毛を生やします。そして繊毛を動かすことによって移動しますが、我々の祖先はその繊毛の動きを止めてしまって魚のような尾を作り、尾を打つことによって移動するようになったのではないかと想像しています。すると、繊毛とは比較にならないほど大きな運動量を獲得しますから、たとえばエサの食べ方が全然違ってきます。繊毛のときは口と肛門さえあればよかったのですが顎や臓器が必要となり、さらに尾を打って動くには感覚器が必要になりますから、そのために脳が発達してきます。そして長い進化の過程を経て、ヒトが誕生したのだろうと思っています。

 この説は5〜6年前から提唱しているのですが、まだほとんど浸透していません。今年中に総説を書いて世界に発信しようと、今あれこれ考えているところです。

佐藤 矩行氏 1945年新潟県生まれ。弘前大学卒、新潟大学大学院修士課程修了、東京大学大学院博士課程中退。京都大学理学部動物学教室助手から助教授、教授を歴任。京都大学名誉教授。日本を代表する生物学研究の第一人者で、ホヤ、サンゴなどのゲノム研究で世界的に知られる。2006年紫綬褒章、2010年米国発生生物学会「エドウィン・グラント・コンクリン・メダル」、2018年瑞宝中綬章。主な共編著に『ホヤの生物学』『生物学 新しい教養のすすめ』『動物の形態進化のメカニズム』など多数。近著に『Developmental Genomics of Acsidians』『CHORDATE ORIGINS AND EVOLUTION』などがある。 
沖縄科学技術大学院大学 https://www.oist.jp/

[i Magazine 2019 Summer(2019年5月)掲載]