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手話翻訳システムとカウンセリング支援システムでAIの可能性を探る ~JGS研究プロジェクト

by iida

「JGS研究2017」プロジェクト論文 優秀論文賞受賞

IBM Watsonの新たな適用可能性
~ヒトと共存するAIは新たなインフラとなるか~

日常生活で活用できる
先進的なAIコンテンツとは何か

 2016年9月に結成されたJGS研究プロジェクトチームSP-001は、「Watsonを活用した先進的なコンテンツの模索」をテーマに、当初は15名のメンバーで活動を開始した。AIは日進月歩の勢いで進化しているが、2016年秋ころはWatsonの実用化に関するニュースが次々と伝えられていた時期である。

 チームのメンバーたちはWatsonの機能や優位性を理解するため、GoogleのTensor Flow、MicrosoftのCognitive Services、そしてAmazon AIの3つと比較しつつ、具体的な活用事例状況の調査を進めた。その結果、「ビジネス」と「日常生活」のそれぞれの分野で先進的なコンテンツを模索すべく、チームを2つに分けることになった。

 前者の研究はSP-01Aチームとして、ビジネス領域を見据えた「Watsonによるシステム開発の高度化─Watsonの自然言語処理機能の有用性の検証─」という論文として、また後者はSP-01Bチームとして、日常生活での活用に狙いを定めた「IBM Watsonの新たな適用可能性~ヒトと共存するAIは新たなインフラとなるか~」という論文にそれぞれ結実している。

SP-01Bチームでは2017年4月ころから9名のメンバーが、日常生活で活用できる先進的なコンテンツとは何かを話し合ってきた。

「社会問題から地域医療、学校生活、日常のささいな困りごとまで、さまざまな事象に目を向けて検討するなかで、当チームなりに考えたのは、『現在悩みを抱えている人をサポートし、生活を充実できるコンテンツ』でした。そして具体的には、『手話が伝わらない』と『悩みを相談できる人がいない』という2つの問題をWatsonで解決しようという論文テーマが決まりました」と、当時を振り返るのはチームリーダーである三井住友トラスト・システム&サービスの宮内昂太氏である。

宮内 昂太氏
三井住友トラスト・システム&サービス(株)

 前者の問題は、手話というコミュニケーション手段があるにも関わらず、「情報をなかなか伝えられない」と悩む聴覚障害者が多いのは、手話の理解が進んでいないことに起因するとの考察を得た。そこでジェスチャ・コントロールデバイスとWatsonを組み合わせた手話翻訳システムで解決を試みる。

 一方、後者の問題に対しては、日々の生活で生じる悩みや不安、孤独、種々のストレスについて、「相談できる相手がいる」と答えられる人が確実に減少しているという事実に着目し、アフェクティブ・コンピューティングと、自然言語を理解して回答するWatsonの機能を組み合わせ、カウンセリング支援システムを実現することで解決を図る。

 当時はどちらもWatsonによる適用事例が見られなかったこともあり、同チームではこれらの問題の解決策を実際にWatsonで探ってみることにした。メンバーを2つのグループに分け、1泊2日の合宿を開催して、IBM Bluemix(現IBM Cloud。以下、Bluemix)とWatson APIで2つのシステムの構築と検証を試みたのである。

「合宿の2日間でBluemixやAPIによる道具立て、データの学習や検証などを集中的に実施し、合宿後は毎週のように集まって、学習データの調整といったチューニングを行い、論文作成についても話し合いました。極めて短い期間で実際にシステムを検証できたことを踏まえ、あらためてBluemixやWatsonの手軽さや高い機能性を実感しました」(宮内氏)

 

「Visual Recognition」による
手話翻訳システム

 手話翻訳システムは当初、ジェスチャ・コントロールデバイスを利用して、赤外線や腕に装着したセンサーで筋肉の動きを検知し、Watsonが手指の動きから手話の意味を読み取るという仕組みで実現可能かを考えた。

 しかし動画による検証を研究期間内に行うことは現実的には難しいと判断し、Watsonの画像認識用APIである「Visual Recognition」(以下、VR)を使って、静止画データで手話内容を認識させることにした。

 ポビュラーな挨拶である「ありがとう」「おはよう」「こんにちは」の3つを対象に、手話の写真データを集め、各50枚をアップロードする(図表1)。またこれらとは異なる意味の画像(たとえば、ジャンケンやストレッチなど)を50枚加えて、Watsonに学習させた。

 手話の画像をアップロードし、VRで判別させ、確度の最も高い言葉を抽出し、「Language Translator」で翻訳し、「Text to Speech」で発声させる仕組みである(図表2)。

 その検証結果が、図表3である。「ありがとう」「おはよう」はどちらも高い確度を示したが、「こんにちは」は大きく確度が落ちる。これは、「こんにちは」では手の位置が顔と重なり、色彩の似ている顔と手が同化したことで認識率が低下したと考えられた。

「VRによる画像認識精度の改善や動画認識のサポートなど、今後に向けていろいろと解決すべき課題があることはわかりました。しかしWatsonによる手話翻訳システムの有用性や実現可能性は十分に認識でき、新たなコンテンツとして期待がもてる結果を得られたと考えています」と、手話翻訳システムの検証グループに参加したNSDの森貴紀氏は語る。

森 貴紀氏 (株)NSD

 

人の感情を判断して対応する
カウンセリング支援システム

 一方、カウンセリング支援システムでは必要な機能を、「入力データをもとに利用者の感情を判断し、適切な対応へ導くこと」であると定義した。

「カウンセリングというと、医師やメンタルヘルス関連の資格を有する専門家のケアを想起しがちですが、ここでは『相談できる人』の存在を前提に、通院の必要なく気軽に相談を聞き、回答してくれるシステムを考えました。カウンセリングするのではなく、あくまでカウンセリングを支援する、という役割を想定しました」と語るのは、検証グループに参加したアドソル日進の田窪直子氏である。

田窪 直子氏
アドソル日進(株)

 同システムでは、入力データをもとに利用者の感情を判断することが核となる。そこでテキストから感情と傾向を識別するWatsonのAPIである「Tone Analyzer」(以下、TA)を利用し、入力した一文から感情を特定するという検証を試みた。感情パターンは、「怒り」「嫌悪」「恐れ」「喜び」「悲しみ」の5種類である。

 しかしTAは日本語に未対応であったため、言語の翻訳段階から感情の認定が難しく、期待した効果は得られないと判断。途中で、チャットボット開発を目的にした「Watson Conversation」(現Watson Assistant)のIntents機能を利用することになった(図表4)。

 感情分類には、「友達と遊んだ」「仕事でイヤなことがあった」「天気がよくて気分がよい」などを学習データとして各30パターンずつ用意した。

 そして各感情に分類される入力をそれぞれ約60パターン用意し、Web画面からテキスト入力して、感情理解の結果が適切に実施されたかを「正・誤」に分けて検証している。ちなみに学習データ、検証データともに、チームのメンバーやメンバーが所属する企業の社員などの協力を得て広範囲に収集した。その結果が図表5である。

「正答率は20?50%の範囲にあり、必ずしも良好な結果とは言えませんが、一文から感情を正確に判断するのに必要な課題がいろいろと見えてきました。論文にも記載しましたが、たとえばカウンセリングは専門的な知識が必要な分野であり、学習データをどのように集めていくかが大きな鍵となります。質・量の両面から見た学習データの改善、複数の文章で構成される文脈の認識、日々の入力の蓄積による傾向の分析などの課題を解決できれば、カウンセリング支援システムは十分に実現可能性があると考えています」と、Minoriソリューションズの福田辰雄氏は指摘する。

福田 辰雄氏
(株)Minoriソリューションズ

 いずれの検証も、Watsonの新たな適用可能性が感じられる結果であったと言えるだろう。

「この検証を始めたころは、カウンセリングのような人の感情に寄り添う仕事はAIにはできないだろうと考えていました。カウンセリング支援システムの実用化にはさまざまな課題があり、検討すべき点が多いのは確かです。でも今回の経験を得て、機能の改善が進んでいけば、近い将来、少なくとも医療機関を受診する前の段階で、AIが悩みを抱える人たちをサポートしたり、気持ちを支えたりできるのではないかと思うようになりました」と、エクサの杉山友梨霞氏は指摘する。

杉山 友梨霞氏
(株)エクサ

 同チームの研究は、論文タイトルにある「ヒトと共存するAI」の可能性を、メンバーに強く感じさせる成果をもたらしたようだ。

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チーム名
Watsonを活用した先進的なコンテンツの模索

株式会社アイ・ティー・ワン  小林 晃大(サブリーダー)
アドソル日進株式会社  田窪 直子
株式会社エクサ 杉山 友梨霞
株式会社NSD 森 貴紀
かんぽシステムソリューションズ株式会社 大久保 勇人
三井住友トラスト・システム&サービス株式会社 宮内 昂太(リーダー)  
三菱総研DCS株式会社 大塚 陽介
三菱総研DCS株式会社 庭野 愛
株式会社Minoriソリューションズ 福田 辰雄

日本アイ・ビー・エム株式会社 柳 英生(チームアドバイザー)

(敬称略)

【IS Magazine No.19(2018年4月)掲載】

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