MENU

モダナイゼーション・ジャーニーの道しるべ ~リファレンスアーキテクチャの活用

text:向田 隆、平岩 梨果、内海 洋輔、久波 健二 
TEC-J Steering Committeeメンバー

 

アプリケーション・モダナイゼーションの必要性と難しさ

昨今、顧客ニーズの多様化、経済のグローバル化、新たなエコシステム形成など、ビジネス環境は急激に変化していますが、国内企業のデジタル変革の取り組みは不十分だと指摘されています[1]。企業は自社の課題を明らかにし、デジタル戦略として変革施策に早急に取り組むことが求められています。

その解の1つが、既存IT資産を活用し最新技術で新たな価値を創造する、アプリケーション・モダナイゼーションです。単なる老朽化対応のハードウェアやソフトウェアの更新ではなく、デジタル技術が発展したクラウド時代だからこそ実現できるモダナイゼーションが求められています。

しかし、モダナイゼーションを行うには、既存の業務・システム・組織などの制約の中で取り得る最善の移行方針を模索しなければなりません。ハイブリッドクラウド・マルチクラウドなどの技術も高度化・多様化し、ITシステムのアーキテクチャの複雑性も増しています。クラウドネイティブ技術のスキルだけでは足りず、さまざまなトレードオフの解決力をもった高いエンジニアリング能力が求められます。最新技術は目まぐるしく進化しており、現在と将来で目指す姿も変化します。将来像を見据え優先順位づけを行ってロードマップを描き、継続的にモダナイゼーションに取り組むことが重要です。

アプリケーション・モダナイゼーションをめぐる環境

アーキテクチャ・コンサルティングの奨め  

複雑なモダナイゼーションを継続的に実行していくため、アーキテクチャの重要性が再認識されています。アーキテクチャは、システム全体を見渡して最適化され、変化に柔軟なアプリケーション構造の実現に不可欠です。モダナイゼーションは、さまざまなビジネスニーズを解決するために必要な技術要素を適切に組み合わせる活動が主体であり、変化の激しいニーズやシーズに対応するために継続的な改善も求められるからです。

アーキテクチャ・コンサルティングの奨め

IBMではモダナイゼーションの鍵となる、アーキテクチャ作成を円滑に進めるコンサルテーションを提供しています。その特徴は「プロセス・コンサルティング」(*1)による支援の実践です。プロセス・コンサルティングでは、検討結果だけでなく、アーキテクチャ決定に至る過程 (プロセス) を大切にします。

たとえば、何が解決すべき課題であるのか、解決のための取りうる技術候補は何か、そして、どんな評価基準で判断したのかなど、お客様と一緒に検討していきます。ビジネスニーズや技術トレンドの変化に対応し、お客様が主体となって継続的にアーキテクチャを進化できるように、IBMは3つのケイパビリティを提供します。

1. アーキテクチャ標準手法による統一された作成手順・表記法
 検討における円滑なコミュニケーションを実現し、トレーサビリティを確保します。

2. 成功事例を標準手法に基づき取りまとめたリファレンス・アーキテクチャ
 実績のあるアーキテクチャを早期に導入でき、品質や生産性を高めます。

3. コンサルテーションを実践するアーキテクト人材
 IBMは継続的にアーキテクト人材育成に投資しています。標準手法やリファレンス・アーキテクチャを熟知して活用できる人材が、アーキテクチャ検討を推進します。

(*1) コンサルティングの手法は、専門家主体で知識を提供する「コンテンツ・コンサルティング」と、お客様主体で課題解決の過程 (プロセス) を支援する「プロセス・コンサルティング」が存在する。最近では「プロセス・コンサルティング」型の進め方がトレンドとなっている。

モダナイゼーションにおけるリファレンス・アーキテクチャの活用 

IBMでは、システム開発ではアーキテクチャはゼロベースの検討ではなく、事例に基づいたリファレンス・アーキテクチャを活用することを推進しています。

リファレンス・アーキテクチャとは、実際の案件で作成したアーキテクチャをもとに設計・実装にあたってのガイドラインとしてまとめ、他案件で参照・再利用可能にしたものです。実績のあるリファレンス・アーキテクチャを参照し、案件の要件や状況に応じてフィット・ギャップ分析を行って、アーキテクチャを作成することで、品質や生産性を向上できます。

IBMは、企業全体レベル[2]、IBM Cloudの活用[3]など等、スコープや抽象度の異なるさまざまなリファレンス・アーキテクチャを発表していますが、モダナイゼーション案件ですぐに活用できるような実践的なリファレンス・アーキテクチャがさらに求められています。

日本IBMの技術コミュニティであるTEC-J (Technical Expert Council, Japan) では、組織や専門分野を超えてさまざまな専門家が集まり、技術的な議論や研究を行うワーキンググループ (WG) 活動が活発に行われています。

筆者らによる「アプリケーション・モダナイゼーションのリファレンス・アーキテクチャ」WGでは、実際にサービスインに至った最新のモダナイゼーション事例をもとに、どんな要件・課題・制約の中で、ソリューションをどう選定して組み合わせたかを整理しました。提案やシステム設計・開発でお客様のご支援にすぐ活用できるよう、IBMの手法に準拠してリファレンス・アーキテクチャとしてまとめました。

リファレンス・アーキテクチャの構成 ~各事例のフレームワーク

 IBMの手法では、機能面(アプリケーション)、非機能面(実行基盤)の2つの観点でアーキテクチャを表現します。ただし、基幹システムのモダナイゼーションでは費用や期間の制約もあって全面更改は難しく、まず実現可能な一部のモダナイゼーションを行い、その後も継続的にモダナイゼーションしていきます。そのため、システムを柔軟・迅速に変更できるDevOpsの仕組みが重要であり、本WGではアーキテクチャの観点として、機能 (Functional View)、非機能 (Operational View)に加えて、DevOps Viewを定義しました。

システム変更を自動化するCI/CD (Continuous Integration/Continuous Delivery) やInfrastructure as Codeなどの要素は、従来はOperational Viewで表現されていましたが、モダナイゼーションでの重要度や複雑性が増しており、独立した観点で表現しました。また、各事例の検討事項 (アーキテクチャ上の決定) から、モダナイゼーションの主要な検討ポイントを3つの観点で整理しました。

Functional View
Operational View
DevOps View

本WGの事例は、予算・期間・体制等の制約から全面的なモダナイゼーションはしていませんが、ビジネス要件に即した有意義かつ現実的なスコープや手法を選定し、将来構想・ロードマップを持ってモダナイゼーションの第一歩を着実に踏み出しています。リファレンス・アーキテクチャは、モダナイゼーションの現実的な始め方としても有用です。

モダナイゼーションの実施体制とスキルセット

モダナイゼーションプロジェクトにおけるアーキテクチャ検討には、クラウドネイティブ技術と基幹システムの専門家が共に参画し、将来像・ロードマップを作り、その第一歩の範囲を見定める必要があります。アプリケーション、プラットフォーム、開発・運用プロセス、他システム連携など、幅広い分野に渡る検討のためにさまざまなスキルセットや知見・経験が求められ、上流から下流まで異なる局面に関わる、コンサルタント、アーキテクト、ディベロッパーなどのさまざまな役割の専門家、クラウドネイティブの技術者、基幹システムの開発・運用経験者などによる共同活動が必要になります。

本WGにおいては、それらの多様な専門家に加えて、実際に事例に携わったメンバーが参加し、基幹システムをモダナイゼーションする現実のアーキテクチャ、実践的な手法を議論することができました。

リファレンス・アーキテクチャをグローバルで共有 

IBMのグローバルのアーキテクト・コミュニティでは、案件から得られた知見やベスト・プラクティスを互いに積極的に共有して、お客様のご支援に役立てています。本WGで作成したリファレンス・アーキテクチャも、日本における最新事例の知見としてIBM内でグローバルに共有したほか、アーキテクト向けの社内研修等でスキル育成にも活用しています。今後もアーキテクト・コミュニティの有志でモダナイゼーションの最新事例をリファレンス・アーキテクチャとして整理・蓄積し、アーキテクトのスキル育成や、お客様への提案やシステム設計・開発活動の品質・生産性向上に役立てていきたいと考えています。

 

◎参考
[1]経済産業省 DXレポート2
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004.html
[2]IBM デジタル時代の次世代アーキテクチャ
https://www.ibm.com/jp-ja/industries
[3]IBM Cloud Architectures
https://www.ibm.com/cloud/architecture/architectures

 


著者

向田 隆 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMオープン・クラウド・センター
エグゼクティブ・コンサルタント
2017年~2019年 TEC-J Steering Committeeメンバー

複数の業種において、ITシステムのグランドデザインを中心としたアーキテクティング活動を経験した後、コンサルタント職に転身。現在は、ハイブリッド/マルチクラウドを推進する部門に所属し、お客様のクラウドジャーニーを実現する事業企画/システム化計画の策定を支援している。

・・・・・・・・

平岩 梨果 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部 モダナイゼーション・サービス部門担当
シニア・アーキテクト
TEC-J Steering Committeeメンバー

クラウド・モダナイゼーションを専門とする部門を担当。業界・業種を問わず、既存システムのアプリケーション・モダナイゼーションを中心に、アーキテクチャやロードマップ策定の活動に従事。自身がアーキテクトとして活動する一方で、部門メンバーや若手のアーキテクト育成にも取り組む。

・・・・・・・・

内海  洋輔 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部 モダナイゼーション戦略・サービス部門
エグゼクティブ・アーキテクト
TEC-J Steering Committeeメンバー

金融業界を中心に、基幹システムの運用保守のアウトソーシング、開発・更改のシステムインテグレーション等の複数のプロジェクトにおいて、リードアーキテクトとして活動してきた。現在はクラウド・モダナイゼーションのコンサルティングを担当し、さまざまなお客様のクラウド変革を支援している。IBM内のアーキテクト育成研修の講師も担当している。

・・・・・・・・

久波 健二 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事 (IBM Distinguished Engineer)
Complex System Integration CTO、保険インダストリーCTO
TEC-Jプレジデント

大規模で複雑な開発プロジェクトにて、IT アーキテクチャ策定から本番稼働まで幅広く参画し、お客様の成功を支援。最近はマルチクラウド環境でのアーキテクチャ策定活動に従事。アーキテクトCoC (Center of Competency)リーダーとしてアーキテクト人材育成、TEC-Jプレジデントとして技術コミュニティ活動を推進。

本記事は筆者ら個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


当サイトでは、TEC-Jメンバーによる技術解説・コラムを掲載しています。

 

TEC-J技術記事https://www.imagazine.co.jp/tec-j/

 

 

 

[i Magazine・IS magazine]

 

新着