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「つながる車」をもっと便利に ~IoT Connected Vehicle Insightsのダイナミックコンテキスト注入の仕組み

text:古市 実裕 日本IBM 

 

近年、自動車を取り巻く環境は大きく変化しています。新聞やニュースでも、「CASE」というキーワードを目にすることが増えたと思いますが、これは、Connected、Autonomous、Shared & Services、Electricという自動車における4つの重点領域を表した言葉で、2016年にパリで開催されたモーターショーでダイムラーにより提唱された概念です。これら4つの領域における技術革新は目覚ましい速さで進んでおり、今も各メーカーがしのぎを削っています。

IBMでは、CASEを中心とした高機能な車のための基盤プラットフォームとして、IoT Connected Vehicle Insights(以下、CVI)という製品を提供しており、車両の走行状況や道路上のイベント情報などをクラウドに収集して管理し、渋滞情報や事故情報などをタイムリーに車両にフィードバックすることで、運転支援や自動運転機能の制御に活かすさまざまなソリューションを構築できます。本記事では、CVIが持つ機能の1つであるダイナミックコンテキストの注入の仕組みについて簡単に紹介します。

CVIの概要

図表1にCVIのシステム概略図を示します。車両から定期的に送信されてくるCar Probeと呼ばれるデータには、車両の位置や速度、進行方向など、さまざまな情報が含まれており、Data Hubに集約されます。Data Hubはさまざまな通信プロトコルやデータフォーマットを受け付ける高い拡張性を備えており、大量の車両から送られてくるデータを遅延なく迅速に処理できる特徴を持っています。

図表1 CVIのシステム概略図
図表1 CVIのシステム概略図

Data Hubに集約されたデータは、地図情報を管理するDynamic Mapモジュールや、リアルタイム分析を行うAgent Systemで高速に処理され、ミリ秒単位の極めて短い応答時間で車両に情報をフィードバックすることができ、次世代の自動運転車にも対応可能な十分な機能と性能を備えています。また、蓄積したビッグデータを活用したさまざまな分析ソリューションも提供しており、車両から収集したデータに限らず、気象情報や道路交通情報(実勢速度や渋滞、事故などのイベント情報)など、外部から取り込んださまざまな情報も活用することができます。

CVIのコンテキストマップ

高度な運転支援や自動運転を実現するためには、静的な地図データだけに頼るのは不十分であり、車両が自ら周辺環境を認識して自律的に危険を回避する必要があります。また、目的地までの道路状況や事故・渋滞情報、経路上の気象状況など、自車だけでは獲得できないさまざまな情報を入手し、刻々と変化する環境に応じて柔軟に対応する必要もあります。CVIでは、運転支援や自動運転制御に関与する外部要因を「コンテキスト」と称し、交通情報(交通流量や事故・渋滞情報)や気象情報など、さまざまな情報を、それぞれのデータの性質や属性に応じた最適な形態で保持する「コンテキストマップ」を備えています。

たとえば、天気、気温、雨量、風速などの気象情報は、地図の平面をメッシュ状に分割し、それぞれのセルに気象情報を紐づけして管理します。CVIでは、車両の位置情報からすばやくメッシュに紐づけられたコンテキスト情報にアクセスできるよう、Geohash[2]と呼ばれる階層的なジオコーディング方法を採用しています。これにより、自車位置近傍のコンテキスト情報を効率よく抽出することができます。

また、渋滞情報や実勢速度情報など、道路上の特定の区間に関連したコンテキスト情報は、地図の「リンク」に紐づけた形で保持します(一般に地図内の道路網は、ノードとリンクの組み合わせで表現されます)。リンクに対応づけられたコンテキストは、経路探索や到着予定時間の予測、迂回路の提示など、幅広く活用することができます。

さらに、事故や障害物など、特定の位置に紐づけられたコンテキストを保持することもできます。地図上の特定の点を「Pointer of Interest(POI)」とも呼びますが、CVIでは、Geohashで位置情報をエンコーディングしてPOIを管理しており、車両近傍のメッシュ内に存在するPOIを効率よく抽出する仕組みが備わっています。事故や障害物のほかにも、店舗の特売情報や飲食店の混雑情報など、あらゆる情報を保持することができます。

このように、データの特性に応じて、メッシュ、リンク、点という3つの形態のいずれかで保持されたコンテキスト情報は、ダイナミックマップの階層化された地図レイヤーにマッピングされ、車両の運転支援や自動運転制御、経路探索などに活用されます。

コンテキストの注入

ところで、上で述べたさまざまなコンテキスト情報を、すべて自社で生成・管理するのは現実的な手法ではありません。CVIでは、サードパーティが提供する気象情報や交通情報などのソース情報を、CVIが扱えるコンテキストとして動的に取り込む仕組みを備えています。

たとえば、気象情報を提供するさまざまなサービス事業者が存在しますが、CVIのContext Map Crawlerと呼ばれるデータ収集機能を使うと、外部のサービス事業者が提供するAPIを介して、気象情報をCVIのコンテキストマップに取り込むことができます。標準では、The Weather Company[3]が提供する気象現況や短期予報、長期予報などをコンテキストマップに取り込めます。Context Map Crawlerをカスタマイズすることで、ほかのサービス事業者が提供する気象情報を取り込むこともできます。

また、リアルタイムの交通情報を提供する外部のサービス事業者から、APIを介して定期的に交通情報を取り込み、コンテキストマップに保持することもできます。標準では、The Weather Companyが提供する交通流量情報(The Weather Company Ground – Real Time Traffic Flow)[4]と交通事故情報(The Weather Company Ground – Traffic Incidents)[5]、およびTomTomの交通情報(Intermediate Traffic Service)[6]を、CVIのコンテキストマップに取り込むことができます。Context Map Crawlerをカスタマイズすることで、ほかの事業者が提供する交通情報を取り込むことも可能です。

リンクに関連するコンテキストの課題

上で述べた交通流量情報は、道路上のある区間を走行する車両の平均速度であり、到着時間の予測や最適な経路探索をする上で重要な役割を持ちます。The Weather CompanyやTomTomなど、多くの事業者が交通流量情報を提供しており、5分から15分程度の間隔で更新されます。CVIでは、これらの事業者が提供する交通流量情報を定期的に読み込み、CVI標準の書式に変換した上で、コンテキストマップに保持します。その際、データの提供元が管理する地図と、CVIが管理する地図が異なっており、道路のリンク情報が1対1に対応していないことがあります。
 
たとえば、図表2の右側の図に示すように、CVI管理下の地図では赤い線で表示された1つのリンクに対して、左側の図に示すように、交通流量情報のリンクが細かく分割されるケースがあります。山間部のように、分岐のない一本道が続くような場所でよく見られるケースです。この場合、コンテキストマップでは、1つのリンク内で各区間ごとに異なる速度情報を保持する必要があります。
図表2 交通情報データとCVIの地図の比較(その1)
 図表2 交通情報データとCVIの地図の比較(その1)

逆に、図表3の左側の図に示すように、交通流量情報の1つの区間が、右側の図に示すように、CVI管理下の地図では多数のリンクにまたがるケースもあります(図中では上下線それぞれの1区間のリンクだけを赤く表示しています)。都市部のように、交差点や分岐が多数存在する場所では、このようなケースがよく見られます。この場合、同じ速度情報をそれぞれのリンクに重複して保持する必要があります。

図表3 交通情報データとCVIの地図の比較(その2)
図表3 交通情報データとCVIの地図の比較(その2)

また、地図が異なると同じ道路を表現するリンクの形状が異なることも一般的です。たとえば、図表4は、高速道路の合流地点の写真と、2つの異なる地図による該当地点のリンクを図示したものです。地図内の赤い線は、CVIが管理するTomTom社の地図におけるリンクを示しており、青、緑、黄の各線は、交通情報データが参照しているINRIX社の地図におけるリンクを示しています。細かく見ると、高速道路の合流地点が40メートル以上ずれており、ある区間のリンクの数が地図により異なることがわかります。

CVIでは、交通情報を取り込む際、CVI内部のマップマッチング機能を使って双方の地図のリンクの対応づけを行いますが、この図のケースのように、CVIの地図上はリンクが1本しかない区間に対し、交通情報データには異なる2本のリンクが存在していると、どちらの速度情報を参照すべきか簡単には判断できません。そのため、リンクに含まれるほかの属性を参照し、たとえば道路の本線と分岐路のどちらの情報なのかを判別し、属性の一致するリンクの速度情報を保持するように工夫しています。

図表4 地図によりリンクの形状が異なる例
図表4 地図によりリンクの形状が異なる例

「つながる車」をより便利で安心な移動手段へ

本記事では、CVIが持つさまざまな機能のうち、動的なコンテキスト情報を取り込む仕組みについて簡単に紹介しました。近年は、サードパーティが提供するさまざまなデータを、APIを介してリアルタイムに活用できる環境が整いつつあります。CVIでも、気象情報や交通情報をはじめとしたさまざまなコンテキスト情報を外部から取り込み、独自の分析機能やドライバー支援機能を開発できるようになっています。事業者ごとにデータの書式が異なっていたり、データの標準化が進んでいない分野もあり、今回紹介したように多少の細工が必要になる場合もありますが、基本的にはあらゆる時空間データをコンテキストとして取り込むことが可能です。「つながる車」をより便利で安心な移動手段にするため、さまざまなコンテキスト情報を取り込んで、活用していただきたいと思います。

 

[1] IBM IoT Connected Vehicle Insights
https://www.ibm.com/products/iot-for-automotive
[2] Geohash
https://en.wikipedia.org/wiki/Geohash
[3] The Weather Company
https://www.ibm.com/ibm/jp/ja/weather.html
[4] The Weather Company Ground -Real Time Traffic Flow
https://ibm.co/TWCrtf
[5] The Weather Company Ground – Real Time Traffic Incidents
https://ibm.co/TWCrtt
[6] TomTom Intermediate Traffic Service
https://developer.tomtom.com/intermediate-traffic-service/documentation/product-information/introduction

 

著者|
古市 実裕 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
ソフトウェア&システムズ開発研究所 IoT&Cloud開発
専任ソフトウェアエンジニア
TEC-J Steering Committeeメンバー

モバイルコンピューティング、情報セキュリティ、エッジコンピューティングなどの研究開発を経て、現在、IoT Connected Vehicle Insightsの製品開発に従事。IBM Master Inventor。

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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