
原 寛世氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
理事
テクノロジー事業本部 Power & Cloud事業部 事業部長
原寛世氏が日本IBMのPower事業部へ着任してから約3年半。それ以降、原氏が率いるPower事業部は、IBM i市場の変化をリードする中心であり続けた。原氏はこの1月にPower事業部とIBM Cloud事業部を統合した「Power&Cloud事業部」の事業部長に就任した。2026年のIBM i市場をどのように活性化させていくのか、話をうかがった。
2022年9月の着任後に
全国を回って痛感したこと
i Magazine(以下、i Mag) 原さんがIBM Power事業部長に就任(2022年9月)されてから、IBM i市場は大きく変化しました。その1つは、IBM Power事業部の活動を基調に市場がダイナミックに動き始めたことで、これはそれまでにない顕著な変化でした。2022年9月に着任されたとき、IBM i市場はどのように見えていたのですか。
原 私は1997年に日本IBMに入社し、IBM iを取り巻くIBM製品のリース・ファイナンスのセールスを担当。その後、IBM APマーケティング、ソフトウェア事業、認定再生品事業、SIやパートナーとのアライアンス事業、IBM製品保守サービスなどを担当し、約20年ぶりにIBM i、IBM Powerの世界に戻ってきました。
そして全国のお客様やパートナー様を訪問する中で、IBM iに対する高い評価や期待を数多くお聞きしました。一方で、将来に向けたお悩みや課題についても率直なお話を伺うことができました。
具体的には、今後もIBM iを使い続けていくために必要となるスキルや技術者の不足と、DXやモダナイゼーションが事業成長に不可欠だと認識しながらも、思うように取り組みを進められないといった課題です。こうしたさまざまなお声に触れる中で、Power事業部として何をすべきか、その方向性やアイデアが次第に明確になってきました。
i Mag それが2024年4月に発表した「IBM i施策メッセージ」の第1弾「貴社におけるIBM iへの懸念 (DX・技術者・後継者)を、日本IBMが払拭します」につながるのですね。
原 はい、その通りです。「IBM i技術者の不足という深刻な状況を日本IBMとしても深く憂慮し、その一方でIBM iはDX・モダナイゼーションに最適という認識もお伝えしつつ、技術者不足の問題解決に全力で取り組みます」というメッセージでした。
i Mag その取り組みとして、IBM i技術者の橋渡し、IBM iスキルリソースのプール化、IBM iアプリケーションのモダナイズ・スキルを持つ技術者の育成、IBM i若手技術者同士による技術の研鑽(=IBM i RiSING)という4つを掲げておられます。実は、このメッセージには本当に驚かされたのです。25年前にi Magazineをスタートさせて以来、IBM Power事業部がそうした「施策メッセージ」を公言するのは初めてでしたから。Power事業部の強い意気込みも感じました。その後、IBM i RiSINGなどは順調に成長していますね。
原 昨年は定員をはるかに上回るお申込みをいただきました。今年は既存のIBM i Clubを拡張してパートナー様も参加可能とし、IBM i RiSINGとあわせてコミュニティ活動の活性化をいっそう図ります。
「自分たちにあうERP」の期待に応え
IBM ERPフレームワークを開発
i Mag そして原さんは、第2弾の施策メッセージ「IBM i次期システム更改の稟議上申ポイントを日本IBMがご紹介します」を2024年10月に、第3弾の施策メッセージ「IBM iによるDXのすすめ」を2025年4月に公開し、第4弾は日本IBMからのプレスリリースという形で2025年10月に発表しています。
この第4弾で意外だったのは「非IBM iユーザー向け」としていたことでした。これはどういう経緯だったのですか。
原 IBM iを新規のお客様に広めたいというテーマは着任当初から大きくあり、パートナー様と一緒に取り組んできました。そして、2025年10月に、お客様向けの商材を「開発意向表明」として発表できるようになりました。
i Mag それは3つ発表された施策の1つ、「施策A」の次世代ERP「IBM ERPフレームワーク」(通称、IEF)ですね(*1)。
(*1) 3つの施策は以下のとおり
施策A:次世代ERP「IBM ERPフレームワーク」の開発
施策B:オープン系アプリケーション用データベースの再構築
施策C:COBOLアプリ
原 はい。この製品は、販売管理、生産管理、経理、給与という基幹ソフトウェアとワークフローエンジンを備え、ソース提供型でカスタマイズも自由という大きな特徴をもっています。しかも長くお使いいただけるよう後方互換性に優れるIBM i上で稼働し、オンプレミスでもクラウドでも利用可能です。
お客様やパートナー様から、既存のERPパッケージでは大き過ぎ、SaaSでは標準的すぎて小回りが利かない、スクラッチ開発では期間もコストもかかり過ぎるという、自分たちのサイズにあうERPがないというお声をよくお聞きしていました。そこで日本IBMは、お客様のお悩みにお応えするために「IBM ERP フレームワーク」を開発したのです。
そしてさらに、IBM i市場を活性化するために必要なことは、パートナー様に元気になっていただくということでした。パートナー様に元気になっていただくには、新規の受託開発が一番と考えていました。その思いも強く、IEFの開発を急いだという経緯があります。

i Mag IEFはどのように推進するのですか。
原 全国のパートナー様と「IEFパートナーコンソーシアム」を立ち上げます。案件マッチング、セールス・スキルの共有、技術研鑽の3つが活動の柱ですが、新しいマーケットの開拓へ向けて気持ちを同じくする、販売、開発、保守サービスや関連ソリューション、テンプレートを提供いただくパートナー様で構成します。2月に説明会を行い、4月のスタートへ向けて準備を進めているところです。
i Mag 期待が高まりますね。
原 期待が高まるということでは、IEFは、IBM BobのAI 駆動型開発ツールによるカスタマイズを念頭に設計・開発されたアーキテクチャであり、AIを使ったスピーディで効率的な開発・保守・運用を可能にします。さらにIEF上に蓄積される基幹データについても、自然言語による自由かつ迅速な検索・抽出・分析・レポートが実現されるでしょう。今後のさらなる進化に、ぜひご期待ください。
ハイブリッドクラウドとAI戦略の
実現に向けた組織統合
i Mag 日本IBMでは1月に組織を再編し、原さんは、これまでのIBM Power事業部とIBM Cloud事業部を統合した新しい組織、Power&Cloud事業部の事業部長に就任されました。この組織再編はどのような狙いですか。
原 今回の統合は、IBMのハイブリッドクラウドおよびAI戦略を、より現実的で実装可能な形でお客様に届けるための体制強化です。
現在のお客様のIT基盤は、IBM Powerを中心としたミッションクリティカルな基幹系、x86ベースのオープン系、さらにクラウドネイティブ環境までを含む、非常に複雑な構成になっています。IBMでは、こうした環境を個別技術の集合体としてではなく、一貫性のあるアーキテクチャとして設計・展開・運用できることが重要だと考えています。高性能なトランザクション処理と高い信頼性・可用性、強固なセキュリティを基盤としながら、データ活用やAI、自動化を組み合わせ、オンプレミスとクラウドの両方を前提とした柔軟性を提供する──その実現に向けた組織統合です。
この考え方はすでにグローバルで先行しており、日本でも同様の体制を取ることで、PowerとCloudを別々に考えるのではなく、最初から一体の基盤として設計するアプローチを強化しています。
i Mag その統合によるユーザーのメリットは何でしょうか。
原 多くの企業では、基幹システムはIBM Power、周辺業務やフロント系はx86やクラウドというように、複数の基盤を組み合わせてITを運用されています。その結果、設計や運用が分断され、ガバナンスやBCPの判断が難しくなるという課題が生じています。
IBMでは、オンプレミスのIBM Power、Power Virtual Server、そしてIBM Cloudを、同一の設計思想に基づく「1つの基盤」として提供しています。
今回PowerとCloudの事業部を統合したことで、システムの配置判断、災害対策や事業継続の設計、運用や監視の標準化といったテーマを、全体最適の視点で迅速に判断・提案できる体制になりました。
これは単に営業窓口を一本化したということではありません。基幹系を中心に据えたIT全体の最適化を、組織として責任を持って支援できる体制に変わった点が大きな違いです。
この統合は、AI・データ基盤の価値向上にも直結します。AI活用で重要なのは、最新技術そのものではなく、基幹データと安全に連携し、日々の業務に組み込めることです。IBMでは、基幹データに近い領域ではPowerを活用して高速かつ安全な処理や推論を行い、クラウド側では強力な演算資源を用いてAIの学習や高度な分析を行う、といった役割分担型のAI基盤を提供しています。Power、クラウド、AIを別々に構築・運用するのではなく、データの扱い、処理性能、セキュリティ、運用管理までを含めて一体として設計できることが、AIを実用段階へ進める上での重要なポイントです。
事業部を統合したことで、AIを実証実験で終わらせるのではなく、企業インフラとして安定的・継続的に活用するための基盤を一貫して支援できるようになりました。
IBM Bobを企業開発の
新しいスタンダードへ
i Mag AIと言えば、IBM Bobが3月24日にいよいよ出荷開始となります。IBM Bobはどのように推進していくのですか。
原 IBM Bobは、AI搭載の統合開発環境とモダナイゼーション・アシスタント機能を備えた製品で、「AIエージェント駆動の企業向け開発支援パートナー」としてご紹介しています。
たとえば、基幹アプリケーションの開発が長年の積み重ねによって属人化し、コードだけを見ても内容がわからない、といったケースは少なくありません。IBM Bobは、設計書だけでなくコードそのものを解析し、アプリケーションの内容や構造を即座に説明することができます。
さらに、新たな業務要件が出てきた場合でも、自然言語で指示するだけで最新のコードへとリファクタリングすることが可能です。RPG ⅢからフリーフォームRPGへの書き換えや、テストコードの自動生成といった作業も、AIが支援します。
IBM iユーザーの皆様にとって、これは単なる開発効率化ツールにとどまりません。IBM iを巡る課題の見え方そのものが、大きく変わる可能性があります。
今後振り返ったとき、「2026年のIBM Bobからすべてが変わった」と言われる存在になると考えており、今年を「IBM i開発におけるAIアシスト元年」と位置づけています。
i Mag 市場には、IBM Bobと競合する生成AI製品がひしめいていますが…。
原 確かに生成AI製品は数多く登場しています。しかしその中で、企業システム、とりわけ基幹系の開発・保守に最適化されている製品は多くありません。
IBM Bobは、セキュリティやガバナンスを前提としつつ、実際の企業コードを扱うことを目的に設計されています。この点で、ほかの汎用的な生成AIとは明確に異なります。とくにIBM i市場においては、RPGやCOBOLといった言語を前提に、すでに強化学習を完了している点が大きな差別化要因です。
だからこそ、機能面で優位性が明確な今のタイミングで、一気に市場に浸透させる局面だと考えています。何より重要なのはスピードです。製品提供だけでなく、パートナーやお客様との連携も含めて、多面的に活動を展開し、IBM Bobを企業開発の新しいスタンダードとして定着させていきたいと考えています。
撮影:広路和夫







