事例|株式会社高速

IP電話システムが停止
全拠点で電話が不通に

経験したことのない激しく長い揺れがようやく収まると、70 名ほどいた社員全員が社屋を出た。緊急時の避難場所は近くの公園だが、停電で信号機が動かず、交通量の多い道路を横断できない。そのため仕方なく裏手の駐車場で点呼をとる。すぐにラジオが大津波警報を流し始め、管理者を除く社員に帰宅指示が出た。

高速のシステム部次長である高橋友一氏は、4階にあるサーバー類が気になったが、確認できないまま3時20分、急ぎ会社を出る。帰宅途中、車載テレビで津波が仙台市沿岸に到達したこと、石油コンビナートで火災が起きたことを知る。仙台市を襲った津波は、同市宮城野区にある高速本社のわずか2km先まで到達していた。

翌朝、高橋氏は仙台市泉区にある流通センターへ向かった。前日会社を出る際、社長室長とそこで合流する約束をしたからだ。この地区は地盤が固い。実際、センター内の様子は普段と変わりなく、そこだけが日常をとどめていた。

そのまま、赫規矩夫代表取締役会長兼社長の自宅へ移動し、今後の対策を話し合う。建物自体に損傷はないものの、停電が続き、物が散乱して足の踏み場もない本社での業務再開は難しく、流通センターへの一時的な本部機能移設がその場で決まった。

同社は2009年、宮城県沖地震への対策として、経営主導で日本ビジネスコンピューター(JBCC)のデータセンターへSystem i(9406-520)を委託し、SMACの遠隔運用監視サービスの利用を開始した。そのため震災後も、関連会社を含めて全拠点が利用する販売管理などの基幹システムは全く影響を受けず、稼働を続けていた。

そこで移設対象となるのは、本社にあるPCサーバー群。すなわちメールを運用するためのノーツサーバーやファイルサーバー、ActiveDirectoryとして運用する5 台のPCサーバー、および5台のブレードを格納して会計・人事・給与・連結決算に利用するBladeCenter。そして約30 台のクライアントPC、IP電話システム、LANケーブルやスイッチ類である。

復旧の優先順位はまずIP電話システム、次にメール(ノーツ)サーバー、そして会計・人事・給与系を運用するブレードサーバー。とくに急を要したのはコミュニケーション系である。本社の停電でIP電話システムが停止したため、関連会社を含む全42拠点で電話が使用できない。メールも同様である。拠点に1台ずつ設置してあった停電用電話と携帯電話で、何とかコミュニケーションを維持する状態であった。

高橋 友一 氏 経営企画本部 システム部 次長
高橋 友一 氏
経営企画本部 システム部 次長
4 月7日の最大余震で本社ビルは一部が損傷し、修復中
4 月7日の最大余震で本社ビルは一部が損傷し、修復中

実働わずか3日で
本部業務を移転・再開

流通センターは12日深夜に電源が復旧。高橋氏は明けて13日、本社から引き上げる機器類を確認し、動ける車を総動員して流通センターへの移設計画を立てた。そして5名のシステム部員に携帯電話でメールするとともに、つながらない電話に苦労しつつビジネスパートナーへの連絡を開始した。

IP電話システムは、メーカー系保守会社(NECネッツエスアイ)の技術者が移設工事に着手。ソフトバンクテレコムに本社から流通センターへのネットワーク・ルーティングの切り替えを依頼し、14日昼に復旧させた。同時にJBCCには携帯で連絡がつき、JBサービスの技術者が本社でラックからサーバーを抜き、ケーブルやスイッチ類とともに流通センターに運び入れた。

14日、流通センターでネットワークの復旧を確認。震災発生とほぼ同時に停止していたメールサーバー、ファイルサーバー類が無事に再起動した。全員が胸をなでおろすが、一息つく間もなく、今度はブレードサーバーの電源問題解決に向けて走り回る。ブレードサーバーは200Vの電源が必要だが、PCだけを利用する流通センターでは100Vの設備しかなく、このままではブレードサーバーを再稼働できない。

電源工事には資格をもった電気技術者が必要だが、被災地の復旧が優先し、なかなか見つからない。技術者探しに奔走した結果、JBCCの取引先である工事会社にやっと連絡がつき、15日に技術者を確保し電源工事が終了。ブレードサーバーが無事に再起動した。またサーバー群の搬入による帯域不足を懸念して、ソフトバンクテレコムにそれまで3Mであった流通センターの回線を10Mへ増速するよう依頼した。

こうして16日、業務運用・システム運用に関わる本部スタッフミーティングが流通センターで開かれ、本部業務が再開した。震災発生から5日、週末をはさむので実働日にしてわずか3日で本部業務の再開を果たしたのである。

ちなみに宮城野区の本社では17日に電源、18日にネットワークが復旧。サーバーは流通センターに残したまま、30日に本社での本部機能が完全復旧している。

サーバーの移設、ネットワークの変更等はビジネスパートナーの手を借りなければ前に進めない。震災直後の混乱のさなか、電話や携帯がなかなか通じない状況で依頼事項を的確に伝え、ビジネスパートナー側はそれに応えて迅速に動いた。それが早期に本部業務を再開できた大きな理由である。

「 宮城県沖地震を想定し、IP電話システムを緊急移転させる場合の候補地と対策を、以前から各ベンダーの担当者と相談していました。こうした事前の策が今回うまく活かされたと考えています」と語る高橋氏に続けて、「ただし、これはあくまで高橋個人の人間関係の中で築いたもの。今後はこうした緊急時の対策を企業間で組織的に取り決めねばならないと痛感しています」と、山下博之氏(経営企画本部システム部 顧問)は指摘する。

また、2009年にSystem iをデータセンターへ委託したのは大正解であったとしつつ、「津波の脅威を経験した者として、今後は耐震性や地盤の固さ、非常電源の容量に加え、沿岸部や原発からの距離などの要素を加え、データセンターのロケーションを再考する必要があると考えています」(山下氏)。

さらに今後はPCサーバーやIP電話システムのデータセンターへの委託、System iの二重化対策なども検討していくとしている。スクリーンショット 2016-03-14 17.19.02

山下 博之 氏 経営企画本部 システム部 顧問
山下 博之 氏
経営企画本部 システム部 顧問

 

本  社 宮城県仙台市 震度 6強
停電復旧 3月17日
被災状況 停電とネットワーク不通で本部業務を一時移転。気仙沼や大船渡など三陸沿岸の5営業所が津波で被害。

東日本大震災発生からの主な動き
3 月12 日 本部業務の一時移転を決定
3 月13 日 流通センターで電源復旧。移設する機器類を確認、ビジネスパートナーに連絡
3 月14 日 流通センターでネットワーク復旧。PC サーバーやIP 電話システム等を移動、稼働確認。ネットワーク・ルーティングを切り替え
3 月15 日 200Vの工事完了、ブレードサーバーを移設、稼働確認。帯域を10M へ増速
3 月16 日 流通センターで本部業務を再開
3 月17 日 本社 電源復旧
3 月18 日 本社 ネットワーク復旧
3 月30 日 本社 完全復旧

COMPANY PROFILE
設 立:1966年
資本金:16億9045万円(2011 年3月)
売上高:589億5293万円(連結、同上)
従業員数:730名(連結、同上)
業務内容:食品軽包装資材や包装機械・設備の販売
http://www.kohsoku.com/