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コロナ禍の今、本当に求められる次世代店舗ソリューションとは ~Insights for Retailの概要と利用技術

 

Text by 矢野 周作 
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社 

 

次世代店舗ソリューションの狙い 

新型コロナウィルスの感染拡大は、ビジネスから我々の生活までさまざまな影響や変化をもたらしている。

小売り業界の売上ではスーパーやドラッグストアは好調だった一方、百貨店やコンビニ(とくにオフィスエリア)は落ち込み、二極化が鮮明となった。

売上が伸び悩む業態では、今まで以上にコスト削減が求められている。消費者の観点ではステイホームによって自宅で過ごす時間が増え、動画サービス、ネットショッピング、宅配サービスなどの利用が増えている。

一方でリアル店舗に目を向けると、ECの売上が急速に拡大するなかで、ECとの差別化、あるいはECとの共存をどう図っていくか、さらにはリアル店舗ならではの体験価値をどう高めていくかが重要になる。

こうした背景を受けて、次世代店舗ソリューションでは次の3つのポイントにフォーカスしている(図表1)。

 

図表1 次世代店舗ソリューションの狙い

 

1点目はコスト削減を目的とした現場生産性向上を支援する業務効率化ソリューション。2点目はリアル店舗の価値向上に向けたオンラインとオフラインの融合、すなわちOMO(Online Merges with Offline)の推進。3点目は顧客の変化やニーズを素早く把握できるように、あらゆるデータを収集し、AIで分析し、その結果をサービスへ活用するためのデータ&AIプラットフォームの提供である。

これら3点が次世代店舗ソリューションの狙いとなる。

 

次世代店舗ソリューションとは 

次世代店舗ソリューションは「Insights for Retail」(以下、I4R)と呼ばれるデータ&AIプラットフォームを軸に、VR店舗、リアル店舗、ECが相互に連携してOMOを実現する仕組みを提供する。

VR店舗とリアル店舗には7つのエッジ・ソリューションが含まれ、3つの顧客体験向上ソリューションと4つの業務効率化ソリューションで構成される(図表2)。

図表2 次世代店舗ソリューション全体像

 

各エッジ・ソリューションの概要は、以下のとおりである。

 

<カテゴリ:顧客体験向上>

◎VR Shopping

買い物客はVRならではの新しい買い物体験を得る。たとえばAIアバターに扮する店員からパーソナライズされたお勧めを聞き、過去の買い物客がゴーストとして店内を歩く姿が見られ(人気店や人気商品の可視化)、商品を選択すると3Dモデルや360度画像でよりリアルな商品情報が参照でき、商品を部屋に配置したときのインテリアのイメージをチェックできる。

テクノロジー:VR

◎事前オーダー&決済

モバイルアプリを使いオンラインで注文した商品を店舗で受け取るサービス。買い物客は店内で商品を探し回る、またはレジで待たされることもないので、効率的かつ人との接触も最小限に抑えられる。決済などのトランザクションはBlockchain上で管理され、真正性の保証されたデータとして、生産・輸送過程の透明化や属性分析による販売戦略策定に活用できる。

テクノロジー:Mobile、Blockchain

◎体験型店舗

体験型店舗の目的は商品を売るのではなく、体験してもらうことにある。顧客は実際に商品を手に取って試すことができ、気に入ればその場で購入、あるいはオンラインで商品を注文することが可能。一方、店内では顧客の行動をカメラやセンサーを使って行動データとして収集し、年代や性別ごとにどんな商品に興味を示したかを分析する。分析結果は商品メーカーに還元することによって、データビジネスに結びつける。

テクノロジー:IoT、Data Analytics

 

<カテゴリ:業務効率化>

◎I4Rを活用した店舗運営効率化

カメラやセンサーで店内の商品画像や顧客の行動データを収集・分析し、その結果を業務指示へつなげることで店舗効率化を実現するソリューション。店内カメラで棚の在庫状況を監視し、欠品を検知すると店員へ通知することによりチャンスロスを防ぐ。またセンサーを使って顧客の行動データを収集・分析し、顧客が多く集まるところ、あるいは顧客が長時間滞在するところを検知すると、店員へ接客の指示を出すことで顧客の購買率アップにも貢献。IoTデータを活用することにより、少ない店員で効率的な店舗運営を可能とする。

テクノロジー:IoT、Data Analytics

◎需要予測&自動発注

Category Profit Management(CPM)を活用した需要予測&自動発注ソリューション。CPMは自社内の販売実績、商品情報、販促、棚割りに加え、外部の気象やイベントデータなども組み合わせ、商品の特性に合わせた高度な需要予測・基準在庫計算・発注数算出を行い、カテゴリの利益を最大化することが可能。高度な需要予測と小売業にマッチした在庫管理により、魅力的な売場作りとローコストオペレーションを実現する。

テクノロジー:AI、Data Analytics

◎オンライン臨店

通常、臨店は1店舗ずつ回って店舗の運営状況をチェックするのに対し、オンライン臨店は店内のカメラでリアルタイムに店内状況を把握し、リモートによる店舗運営状況のチェックを可能にする。カメラで棚割りを定期的に監視し、本部の指示どおりに棚に商品が並んでいるかを自動判定する。また過去の棚割りと売上の相関分析により、最適な棚割りの決定を支援することも可能。

テクノロジー:IoT、画像解析、Data Analytics

◎アルコール消毒判定

新型コロナウィルスの影響により、飲食店や小売店の入口にアルコール消毒液が設置されるようになった。本ソリューションは監視カメラで人が店舗入口で消毒液を利用しているかどうかをチェックし(消毒液と人の手のひら、手をこすり合わせる動きなどで消毒液を利用したかどうかを判断する)、利用しなかった人を検知するとアラートを通知する仕組みを提供する。

テクノロジー:AI、画像解析、IoT

 

次世代店舗/I4Rアーキテクチャ 

I4Rを含めた次世代店舗全体のアーキテクチャ概要を説明してみよう(図表3)。

図表3 次世代店舗/I4Rのアーキテクチャの概要

 

各コンポーネントの配置場所を基準に店舗、IBM Cloud、オンプレの3つのグループで構成される。

店舗にはIoTデバイスとそれらを活用したエッジ・サービスが配置される。さらにエッジ・サービスに対して、クラウド側のプラットフォームとデータを送受信するためのI4R SDKが提供される。IoTデバイス(エッジ・サービス)はユーザーの要件によって選択・カスタマイズが可能であり、Pluggableなコンポーネントとなっている。

またIBM Cloudには、店舗のIoTデバイス(エッジ・サービス)とクラウド上の各コンポーネント間のデータ連携を担うMQTTブローカーが配置される。

MQTTブローカーに接続するコンポーネントとしてVR Shopping、I4Rコアサービス、各種ソリューションが並ぶ。

I4Rコアサービスは標準で提供されるサブシステムで、IoTデバイスから上がってくるデータのイベント変換、データの紐付け、データの自動保管、ダッシュボードへの可視化といった機能が提供される。

I4Rコアサービスで処理されたデータを活用して実装されるのが各種ソリューションであり、ここでは例として顧客セグメント分析、オンライン臨店、欠品監視を挙げている。

I4Rコアサービスで処理されたデータを簡単に活用するためにI4R SDKが提供されているので、ユーザー要件に合わせて自由にソリューションをカスタマイズ可能な仕組みとなっている。クラウド上の各コンポーネントはコンテナ化され、OpenShiftにも対応する。

さらにオンプレには、企業の基幹システムで管理される企業内データが配置される。クラウド側の各種ソリューションはこれらのデータとも連携しながらソリューションを組み立てることで、企業の持つデータ資産を有効活用する仕組みを提供している。

 

流通デジタルサービスプラットフォーム構想 

日本IBMは2018年8月、AIなどの最新技術を活用した業界ごとのデジタル変革戦略として「デジタル時代の次世代アーキテクチャ」を発表した。

さらにこのアーキテクチャの一部を構成するデジタルサービス層を具体的なソリューションにして、2020年6月に「金融サービス向けデジタルサービスプラットフォーム」が発表された。

この流れを受けて、流通サービス向けにデジタルサービス層のアーキテクチャを策定したのが、流通デジタルサービスプラットフォーム(以下、流通DSP)である(図表4)。

 

図表4 流通DSPアーキテクチャ概要

 

流通DSPはI4Rを軸とした次世代店舗ソリューションを拡張させ、API基盤を整備し、企業のバックエンドシステムとも連携させることによって企業全体でデータ&AIを活用する仕組みとなっている。

中核には流通向けの汎用サービスを部品化した業務マイクロサービスと、それらを利用するための各種APIが提供されている。

これによりフロントサービスの要件に応じて、柔軟かつ迅速にデジタルサービスを構築することが可能となる。

またバックエンドのビジネスサービス(既存の基幹システム)に対してはバックエンド連携機能が提供され、APIや非同期メッセージングなどの連携基盤を介してやりとりする仕組みとなっている。

フロントサービスやビジネスサービスから集めたデータは、データ収集・分析サービスによりAIやData Analyticsを活用して、分析および可視化する機能が提供される。

流通DSPの稼働環境としてはDSP基盤が提供され、RedHat OpenShiftのコンテナ基盤をベースにCI/CD、運用管理、セキュリティなど、流通サービス基盤に求められる非機能要件を満たす仕組みが提供される。

 

今後の展望 

流通・小売り業界は、コロナの影響を受けてここ1~2年は変化の激しい状況が続いた。オンラインシフトや店舗のデジタル化が急速に進み、新たな生活様式も定着し始めている。そして今後もこのような変化は続くと予想される。

次世店舗ソリューションも変化に対応すべく、I4Rを活用した新たなエッジ・ソリューションを取り込んでいく予定である。

流通DSPは現時点(2021年9月)では、まだアーキテクチャ策定までとなっている。今後は各コンポーネントをデリバリー可能なアセットとして設計・開発することを目指している。

 


著者|

矢野 周作氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
DXソリューションズ Innovation Lab.
コンサルティングITスペシャリスト

1999年に日本IBMシステムズ・エンジニアリング入社。主に大規模・ミッションクリティカルな案件のインフラリーダーとして金融や製造をはじめ、さまざまな業種のお客様案件のデリバリーに従事。近年は主に流通業のお客様向けに次世代店舗ソリューションの開発および提案支援などに取り組んでいる。

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