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新春座談会|流通業のDX、その課題と戦略 ~流通エキスパート8人が語り合う 小売業・消費財メーカーの独自の戦い方(前編)

新型コロナは、日本の小売業・消費財メーカーがDXで抱える課題をありありと浮き上がらせている。日本の小売業・消費財メーカーは今後どのように課題を克服し戦っていくべきか。日本IBM、日本IBMシステムズ・エンジニアリングのエキスパート8人に語り合ってもらった(前編)。

 

消費材メーカーの課題:消費者の行動をどう捉えるか

-- 最初に消費材メーカーの課題についてお話しいただけますか。

菅野(スガノ) 消費材は、メーカーから消費者にたどり着くまでに卸や小売など流通のさまざまなステップを経由します。そうした仕組みの中で、自社製品が誰にどのような目的で購入されているのかよくわからないということが、消費材メーカーの大きな課題になっています。消費者の行動を把握するためのデータから最も遠いところにいるのが自分たちメーカーだ、という自覚があるのですね。

それとも関係しますが、最近、消費材メーカーの人からD2C(Direct to Consumer)に関する相談をよくいただきます。商品開発やマーケティング、営業を的確に行うには消費者にどのようにアプローチすればいいのか、といった相談です。

-- それはどのような背景からでしょうか。

菅野(スガノ) 2つあると思います。1つは、ECで買い物をする人が急速に増えていること、もう1つは、SNSなどの外部情報の利用に対する規制が強まりつつあるので、自社でも消費行動に関するデータを独自にもつ必要性が高まっていることです。消費材メーカーの課題は多岐にわたりますが(図表1)、そのなかでも消費者の行動をどう捉えるか、そのデータを自社の仕組みの中でどのように活用するかが最も切実な課題です。

 

図表1 消費財メーカー・小売業の課題 
図表1 消費財メーカー・小売業の課題

 

中塚 コロナ禍にあっての「消費者の価値転換」への対応はとても重要なテーマですね。従来は、品質や機能に優れた製品を作ることが企業競争力の源泉でしたが、今の消費者、特に若い世代はそれだけではなく、より環境への配慮や健康・安全なども重視します。そうした消費者の変化を捉えて新しい商品価値を提供するのが消費材メーカーの課題ですが、苦労されている企業も多いという印象です。

菅野(スガノ) 消費者のデータを集めて活用するところまで行ってませんからね。

中塚 それに関わることでは、「DXのための基幹システムの再構築」が数年前からクローズアップされていますが実際はデータ標準化や保守性などのシステム課題の解決を目的としたケースが多いですね。これはこれで重要ですが、データを活用する企業文化の醸成やDX人材育成の方がはるかに大事で、データ基盤整備のための基幹再構築は、両輪で進めることが肝要ですね。

石黒 投資判断の観点からだと思いますが。実際には基幹再構築の目的を省人化やコスト削減とするお客様が少なくないです。アメリカでは新規ビジネスの立ち上げや事業への新しい価値の追加が目的ですし、EU・ヨーロッパでは物流やサプライチェーン改革といったビジネス改革が主流です。省人化やコスト削減が悪いわけではありませんが、ビジネスを前へ進めるための基幹再構築にもっと目を向けてほしいという気持ちがありますね。

菅野(スガノ) それは確かにありますね。それでも、基幹システムを「効率化」ではなく「データ活用」の基盤と捉えるお客様が増えつつあるように思います。お客様の見方が変わりつつあるという印象です。

大久保 それは同感です。消費材メーカーのお客様でも、IoTなどを駆使した工場におけるデータ活用やマーケティング・データの活用による商品開発などの取り組みが増えてきていますが、多くの企業でデータ基盤の整備が整っていないので、この点についてご相談を多くいただくようになっています。

小売業の課題:消費者の新しい生活様式への対応

 

図表2 小売業の7つの業態
図表2 小売業の7つの業態

 

-- 小売業のほうの課題はどうですか。

管野(カンノ) 小売業にはさまざまな業態がありますが(図表2)、売上が急速に伸びているのはECです(図表3)。その他のチャネルはECの成長に食われている状況で、とくに店舗を構えている小売業は非常に厳しい時代が続いています。小売業も、消費者の新しい生活様式にどう対応していくかが課題です(図表4)。

 

 

図表3 2020年のカテゴリー別小売販売額 
図表3 2020年のカテゴリー別小売販売額 

 

-- 図表3をもう少し詳しく説明していただけますか。

管野(カンノ) 2番目の「働き手不足」は、コロナの影響で今は少し緩和されていますが、コロナが落ち着けばまた復活し、人件費の高騰とも重なって切迫した課題になると思います。ビジネスのさまざまな面に影響を及ぼす大きな課題ですね。

「最適なCX(顧客体験)の実現」は、一番難しいテーマです。どのような顧客体験を今のお客様が求めているのか、CXとしてベストなのは店舗なのかECなのか、あるいはそのミックスなのか、多くの小売業が悩み、模索しているテーマです。その手がかりを得るために、POSデータやID-POSデータ(ポイントカード)の活用や、店舗内の購買行動の可視化・分析などに取り組む企業が増えていますが、どこもまだ十分とは言えません。

最後の「他社・他業界との連携・協業」については、ちょっとしたエピソードがあります。それは、Uber Eats(ウーバーイーツ)でローソンの「からあげクン」の取り扱いが大きく伸びた(2020年6~8月)という話で、私などは200円程度の商品に50円の配達料を払うのはあり得ないと思ってしまうのですが、それが受容される社会になっているのです。そこに着目すると、商品を販売するのに小売業自身がすべてをやる必要はなく、他社とうまく協業することがテーマになります。そうなると、そうした連携・協業をシステム的にどうまとめるかとか、他社と連携しやすいシステム基盤をどう構築するかが課題になります。

それと図表3には含めていませんが、基幹システムの刷新は小売業でも大きな課題です。老朽化したシステムをどうするか。その刷新のためには相当数の人材が必要ですが、人材募集に応募してくるのは50代・60代が中心で、若手が圧倒的に不足しています。そして、望むような人材がなかなか集まらないこともあって、一方でシステムの内製化が進んでいるという状況です。

古谷 システムの内製化は確実に広がりつつありますね。開発を外部ベンダーに委託するとウォーターフォール型になって開発期間が長くなるのと、DX向けのシステム開発はアジャイルのほうが向くということもあり、「DX=アジャイル=内製化」という観点の下で内製化が進んでいるように思います。

 

 

図表4 小売業が直面する課題
図表4 小売業が直面する課題

垣根を超える事業展開と、見逃せないアマゾンの動き

-- 消費者データの捕捉と活用が消費材メーカーでも小売業でも課題のようですが、両者は似てきたのですか。

菅野(スガノ) 垣根がなくなりつつある部分はありますね。昔は、消費材メーカーがモノを作り、それをマーチャンダイジングして売るのが小売業という関係でしたが、今は消費材メーカーがモノを売り、小売業はプライベートブランドを開発して自分たちでモノを作るという動きです。川上のメーカーが川下の小売分野で事業展開し、川下の小売業が川上でモノを作るという方向で事業領域を広げています。 

管野(カンノ) 小売業のなかでも、プライベートブランドを開発・製造するニトリやユニクロ、無印良品といった企業の強さが際立っていますね。

古谷 それと、小売業界・流通業界を考えるときに見逃せないのが、アマゾンの動きだろうと思います。

アマゾンは最初、オンラインの書籍販売から出発しましたが、次にデバイス分野に進出し、KindleやAmazon Echo、Amazon Dashといったデバイスをリリースしています。これは、新しいデバイスによって新しいメリットを享受するとそれが新しい常識となり、それまでの生活様式に戻れなくなるという考え方に基づくものです。実際、コロナになってオンライン会議が日常になると、それが新しいビジネススタイルになり、リアルの会議は何か特別なイベントのように感じられ始めているのではないでしょうか。

そして人が新しい常識のなかで活動を始めると、今度はそのデータを収集・分析して、リアル店舗に還元するという戦略をアマゾンは進めています。アマゾンは2017年に食料雑貨チェーンのホールフーズ(Whole Foods Market)を買収し、2020年にはレジなし食品スーパーの「Amazon Go Grocery」をシアトルに開店しています。つまり、アマゾンは今やECだけではないのですね。リアルな店舗も全米に展開し、オンラインとリアルをミックスさせた新しい顧客体験を日々作り出している小売企業です(図表5)。

 

 

図表5 ディスラプターとしてのアマゾンの戦略
図表5 ディスラプターとしてのアマゾンの戦略

 

菅野(スガノ) アマゾンの強みは、圧倒的な物流力にもありますね。オンラインで数クリックして注文すると、早ければ当日、遅くとも1~2日足らずで届いてしまう。まったく新しい利便性の提供、新しい顧客体験の提供です。

古谷 日本の小売業は、消費者の多様化と働き手不足という状況のなかで、いかに消費者を知り、店舗をスリム化して地域密着のビジネスを展開していくかが課題なのですから、その点ではデータを駆使してビジネスを拡大するアマゾンに学ぶことも多いだろうと思います。たとえば5人で運営している店舗を2人で回すには、データに基づく判断が必要だろうということですね(図表6)。

しかし小売業全体で、アマゾンにどう対抗するかという危機意識が薄いように感じます。ある小売業のCIOに「アマゾンは競合ですか?」と尋ねたら、「フィールドが違う」という一刀両断の回答でした。もう、そうも言ってられない状況なのではないかと思うのですが。(後編へ続く)

 

図表6 小売業における2つの主要課題と求められるアクション
図表6 小売業における2つの主要課題と求められるアクション

 

・新春座談会|流通業のDX、その課題と戦略 ~流通エキスパート8人が語り合う 小売業・消費財メーカーの独自の戦い方(後編)

 

◎出席

中塚 肇 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
流通コンシュマー事業部
パートナー

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菅野(スガノ) 信広 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
コンシューマー・サービス事業部
パートナー

・・・・・・・・

管野(カンノ)正人 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
小売サービス事業部
パートナー

・・・・・・・・

古谷 太一 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部
コンシューマーセールス
クライアントセールスコンサルタント

・・・・・・・・

石黒 賀津雄 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部
コンシューマーセールス
クライアントセールスコンサルタント

・・・・・・・・

大久保 央章 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部 コンシューマーサービス事業
シニア・セールス・スペシャリスト

・・・・・・・・

高橋 辰徳 氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
Innovation Lab.
Manager
シニア・アーキテクト

・・・・・・・・

矢野 周作 氏

日本アイ・ビー・エムシステムズ・エンジニアリング株式会社
Innovation Lab.
DXソリューション
コンサルティングITスペシャリスト

 

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