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新春座談会|流通業のDX、その課題と戦略 ~流通エキスパート8人が語り合う 小売業・消費財メーカーの独自の戦い方(後編)

 

新型コロナは、日本の小売業・消費財メーカーがDXで抱える課題をありありと浮き上がらせている。日本の小売業・消費財メーカーは今後どのように課題を克服し戦っていくべきか。日本IBM、日本IBMシステムズ・エンジニアリングのエキスパート8人に語り合ってもらった(後編)。

 

データに基づく小売業独自の戦い方へ 

-- 日本の小売業独自の戦い方はないのですか。

管野(カンノ) 日本のB2CのEC化率は1桁台の真ん中(6.7%)で、米国の15.5%、中国の44.0%と比べると非常に低い状況です。このEC化率の違いは国土の広さにも関係していますが、それよりも日本では小売店と商品に対する信頼度が高く、新鮮な商品を売る店舗が近くあるので、わざわざECで買う必要はないという側面が大きいと思います。そこに戦い方のヒントになる1つの糸口があると思えます。

その一方で、ふだん使う日用品や品質や内容がわかっている商品についてはECで買うほうが便利という感覚も、このコロナ禍のなかで広く定着しましたね。

古谷 店舗の強みを活かすということでは、「グローサラント」のような新しい形態も登場していますね。グローサラントは「グロッサリー(食料品)」と「レストラン」を合わせた造語で、主にスーパーで売られている食材をその場でプロの料理人が調理して、併設のレストランで飲食するスタイルです。これなどモノを買う楽しさと食べる楽しさ、くつろぐ楽しさが一体となる新しい体験を作り出しています。

中塚 スーパーで18時になったら30円引き、20時になったら100円引きというダイナミック・プライシングはどうなのでしょう。リアル店舗の強みを活かせているのでしょうか。

管野(カンノ) ダイナミック・プライシングはスーパーの基本中の基本と言えるサービスですが、大半の店舗で定時になったら一斉に値引きシールを貼るというオペレーションになっています。

このやり方の問題は、日によって来客数や商品の売れ行きが違うのに画一的なオペレーションになっているという点です。つまり来客数や売れ行きに応じてタイミングよく、より適切に値引きを行えば、売れ残りをさらに減らせて売上を伸ばすことができるのではないかと考えられます。

KPIが全社規模で構造化されていない

-- 消費材メーカーが抱える課題に対しては、どのような提案を行っているのですか。

石黒 消費材メーカーの課題に向き合う時、基幹システムをどうするかは非常に大きなテーマです。検討すべき項目が膨大で、関係する部署やステークホルダーも多岐にわたるので、実施自体が可能なのか、その検討だけでも大型プロジェクトになってしまいます。それがあるので、基幹システムとはある程度独立して先行できるテーマから取り組むことも少なくありません。単一部門での改革テーマから、部門間を跨った改革に広げていくアプローチです。

たとえば、製品開発高度化のために活用した市場分析やお客様の声などのデータは需要予測へ展開可能であり、高度化された需要予測を基に生産計画・物流管理を行うことでサプライチェーン全体の効率化を図ることができます。単体案件でのお付き合いで終わりではなく、その案件で作り上げたお客様の強みを他部門含め、さらに活用する繋がりを意識した提案をするようにしています。

高橋 私も、お客様の中にDXにつながるような課題を発見できると、規模は小さくてもそこから先へ進んでいけるという感覚があります。DXには「スモールスタート」というキーワードもあるので、小さく始めてみようと考えるお客様も多いのですが、お客様は目の前のタスクの効率化・改善へと向かいがちですね。全体から手を付けると混乱も起きるし時間もかかるというわけで、小さく始めようとします。

その一方で、DXにつながる全体の改革案も提案してほしいというオーダーを同時にいただくことも大半です。そのことを考えると、お客様は自社のDXはどうあるべきかという問題意識を強くお持ちであることがよくわかります。IBMが提案するDXはどのようなものになるのか見極めてみようという気持ちもあるわけですね。

-- 消費財メーカーや小売業の課題解決はスモールスタートということになるのでしょうか。

中塚 それは両方あると思います。スモールから、あるいは全体からという両方のアプローチですね。私が企業のトップの方と話す時は、CBM(Component Business Modeling、図表7)を前にして、業務のどこで手作業が多く発生しているか、どこが業務の流れのボトルネックになっているかなどを確認をし、それを基に業務全体の“Good・Bad”チャートを作っていきます。そうするとヒートマップ的に課題が浮かんでくるので、そこに集中して話をし、目標を定めて何から手をつけ、次にどこへ進むかを検討します。その結果、小さなところからスタートすることもあれば、逆に大きな部分から手をつけていくこともあります。

 

図表7 業務モデル(Common Business Model)
図表7 業務モデル(Common Business Model)

 

たとえば、需要予測の精度を上げて安全在庫をより精密に行っていく必要がある場合は、従来の出荷実績に気象情報や市場データ、広告・SNSなどの影響因子を加えて検討します。すると、それがデータドリブンのベースとなり、そこからさまざまな業務改革へと広がっていきます。

また需要予測も、最近の気候変動や自然災害を考慮すれば、異常時需要予測やパンデミック需要予測が必要になってきます。そのためには、どういう事態が起きたら異常時需要予測へ移るかという定義が必要になりますが、そうした作業を詰めていくと、DXで何をやらなければいけないかが明確になり、そのための人材育成に話が進んだりします。

古谷 今のお話は、KPIの構造化という取り組みでもありますね(図表8)。これまでのKPIは組織や業務単位で細かく設定されていて、全社規模で構造化されていないことがよくあります。つまり需要予測自体は当初設定のKPIをクリアしていても、その設定に問題があると、製品原価や物流のKPIにマイナスの影響を与えているということが起きてきます。どの業務もつながっているので、KPIの構造化という観点からのアプローチも必要だろうと思います。

 

図表8 KPIの構造化による原因分析や経営ダッシュボードにつながるアクションの見える化が必要
図表8 KPIの構造化による原因分析やアクションの見える化が必要

小売業向けに4つの軸で提案  

-- 小売業の課題に対しては、どのようなアプローチですか。

管野(カンノ) 小売業向けには、4つの軸でご提案しています(図表9)。

 

図表9 小売業向けの4つの戦略
図表9 小売業向けの4つの戦略

 

1つ目は、コスト削減手段としてのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)です。お客様は即効性のあるコスト削減を求めておられるのでBPOは外せない提案で、これを超えないとその次のDXが見えてこないという側面もあります。コスト削減の手段はいろいろありますが、お客様のオペレーションの負担を大きく削減するとともに、コスト削減も実現できるのがBPOです。

2つ目は、お客様の緊急性の高い課題に対して、IBMの実績のあるソリューションを展開していく提案です。最近はその後の拡張や展開を見越して、クラウド化を検討することが増えています。

3つ目は、お客様が求めておられる業務改革に対して、データ分析やAIを駆使して自動化や高度化を図るご提案です。これまで自動化が困難と見なされてきた業務フローをインテリジェント化したり、人の判断を自動化するようなご提案を行っています。

4つ目は、「Insight for Retail」というソリューションですが、これはお客様への提案を数多く行っている矢野さんから説明してもらいましょう。

矢野 このInsight for Retailを日本独自に開発したのは、小売業のお客様が消費者の行動を把握するのにPOS程度のデータしか持っておらず、それもあまり活用できていないという現実があったからです。そこで、消費者の店舗内の行動から売上促進やサービス向上につながる情報を得られないかと構想し、試行錯誤を重ねながら開発したのがこのソリューションです。

仕組みとしては店舗内の各所にIoT機器を配置して、そこから消費者行動に関するデータを収集し、クラウド上で分析して結果を得るというものです(図表10)。これによって商品が“売れた・売れない”だけではなく、消費者がどの棚の何の商品の前で長くとどまり、その滞留時間と商品の売れ行きとの関係や、キャンペーンとの相関関係などがデータとして得られます。データを基に意思決定するためのプラットフォームになるというわけです。

 

図表10 Insights for Retailのコンセプト
図表10 Insights for Retailのコンセプト

 

-- それは1つの店舗で完結するのですか。

矢野 考え方としては、店頭で得られたデータや知見を他店舗と共有したり、メーカーや卸などにフィードバックして、次のキャンペーンや商品開発に役立てるといったことが可能です。その延長上には、小売・卸・メーカー・ITベンダーなどをメンバーとするエコシステムの形成などもあるだろうと思います。

古谷 もう1つ、テレビ通販会社での取り組みをご紹介すると、テレビ通販業界ではコールセンターの要員確保が課題です。オペレータは消費者と電話で対話するので一定のスキルが要求されますが、離職率がかなり高く、求人を出しても競合他社との奪い合いとなるという問題があります。

そこでご提案しているのが「Cognitive Care」と呼ぶコールセンターの完全自動化です(図表11)。もちろん一足飛びに無人化できないので、半自動の仕組みを要所要所に導入していって、最終的な完全自動化を目指します。

 

図表12 IBM Cognitive Careの概要
図表12 IBM Cognitive Careの概要

 

-- 半自動の仕組みとは、どういうものですか。

古谷 テレビ通販では、消費者はテレビを見て欲しいものがあるとコールセンターへ電話します。その時に電話がビジーだったり長く待たされたとすると、チャンスロスにつながりかねません。今ご提案中の仕組みは、電話が混雑していたらLINEなどのほかのチャネルへ誘導するシステムで、これならば消費者をつなぎとめ、オペレータの負荷も軽減できます。

また、お客様満足度を向上する仕組みとして、オペレータが会話するスピードやトーンをAIで検知して、「もう少しゆっくり話してください」とか「xxのように応対してください」とアドバイスするシステムもご提案しています。これを導入すると、新人のオペレータでも消費者への対応が容易になり、心理的な負担も軽減できます。

KKD(勘・経験・度胸)からKKD(勘・経験・データ)へ 

-- ユーザーの反応はどうですか。

古谷 データに基づく判断やデータを活用する仕組みの必要性には、熱心に耳を傾けてくださいます。量販店は、これまでは店長の勘と経験と度胸で店舗を切り回してきましたが、今後はその「KKD」(勘、経験、度胸)ではなく、勘と経験とデータに基づくKKDが必要です、と具体例を挙げてご説明すると、皆さん、納得してくれます。

ただし、データの重要性は認識しているものの、データの活用で成功した体験がないので、今一歩踏み出せていないのが小売業の現状ですね。

中塚 小売業にしろ消費材メーカーにしろ、日本の人口が減少し消費パワーが縮小しつつあるのは避け得ない現実で、流通業全体で新しいビジネスモデルを立ち上げないと将来がないというところまで来ています。

本来ならば今すぐアクセルを踏み込み、改革へ向けて加速しなければいけない時期ですが、大半のお客様で基幹システムが老朽化し、データの正規化・標準化はこれからという段階です。その中で、競争力を維持する戦いを続けておられるのです。

そうした厳しい状況に日々向き合うお客様に接していると、だからこそ、スモールからでよいのでDXへ向けた動きを進め、突破口を開くことが必要だと感じます。そして、それをどのように進めるかに思いを巡らせると、DX人材の確保や育成こそが重要であると、改めて痛感します。

 

・新春座談会|流通業のDX、その課題と戦略 ~流通エキスパート8人が語り合う 小売業・消費財メーカーの独自の戦い方(前編)

 

◎出席

中塚 肇 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
流通コンシュマー事業部
パートナー

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菅野(スガノ) 信広 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
コンシューマー・サービス事業部
パートナー

・・・・・・・・

管野(カンノ)正人 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
小売サービス事業部
パートナー

・・・・・・・・

古谷 太一 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部
コンシューマーセールス
クライアントセールスコンサルタント

・・・・・・・・

石黒 賀津雄 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部
コンシューマーセールス
クライアントセールスコンサルタント

・・・・・・・・

大久保 央章 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
製造・流通・統括サービス事業部 コンシューマーサービス事業
シニア・セールス・スペシャリスト

・・・・・・・・

高橋 辰徳 氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
Innovation Lab.
Manager
シニア・アーキテクト

・・・・・・・・

矢野 周作 氏

日本アイ・ビー・エムシステムズ・エンジニアリング株式会社
Innovation Lab.
DXソリューション
コンサルティングITスペシャリスト

 

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