未来のネットワーク「情報指向ネットワーク」(ICN)の魅力と課題 ~従来のホスト指向ネットワークと比較した先進性とは

 

text:池上 竜之 
TEC-J Steering Committeeのメンバー

 

皆さんは、情報指向ネットワーク(Information-Centric Networking。以下、ICN)という言葉を聞いたことはありますか。本稿では、未来のインターネットを支える技術となりうる、情報指向ネットワークについて紹介します。

ICNが生まれた背景 
大容量動画配信サービスが求めるネットワークとは

ICNについてお話しする前に、現在のネットワーク環境を振り返り、その課題を再確認してみましょう。

現在のネットワーク環境では、一般的に通信はパケットを送信元(たとえばサーバー)から宛先(例えばスマートフォン)へ、ネットワーク機器(例えばルータ)が順次転送してきます。

ルータは宛先のIPアドレスを自身の持つルーティングテーブルと比較・参照し、次から次へと宛先ルータを辿っていきます。このモデルは非常にうまくいき、皆さんご存知のとおり、インターネットは爆発的な発展を遂げました。

一方、ユーザーが必要とするデータの種別によっては、課題も見えています。たとえば、同時配信を行うライブ映像や、映画・音楽といった大容量かつ低遅延が必要とされるデータへのニーズの高まりと、それへの対応についてです。

ネットワークベンダーであるCisco社のホワイトペーパー(Cisco Annual Internet Report (2018~2023) White Paper)によると、2023年にはコネクテッド・テレビの66%は4K対応となり、SD画質の動画の9倍ものビットレートが必要となるとレポートされており、今後、より多くの動画データが消費されていくことは明らかです。

このような大容量通信を、限られた送信元サーバーから宛先のスマートフォンに効率的に配信するには、さまざまな対応方法が考えられますが、通常のネットワーク転送方式ではあっという間に回線がパンクしてしまいます。

これは、従来のネットワークでは基本的に送信元と宛先が1:1でデータ転送されるためで、送信元から見ると1:Nの形になるからです。

限られた回線帯域を、求められる動画配信のリクエストに対して有効活用するために、NetflixやHuluといった動画配信サービス提供事業者は、それぞれ独自のCDN(Content Delivery Network)技術を開発しています。

たとえばNetflixでは、Open Connectと呼ばれるAWSクラウドと独自のアプライアンスを組み合わせたCDNの仕組みを採用しています。

こういった技術により、私たちはサービス事業者による動画配信サービスを受けられるわけですが、課題として、このCDNの仕組みは各サービス提供事業者が「独自に」開発している点が挙げられます。

一例として挙げた動画配信サービスですが、この動画をエンドユーザーが求める「情報」の一種として定義し、従来のノード(ルータ)やパケットを中心としたネットワークから、「情報」を中心としたネットワークへと捉え直すことで、エンドユーザーが要求する「情報」を得るために必要な仕組み(動画配信サービスではCDN)や、考えられる課題(Netflixの仕組みはNetflixとそのパートナーしか使えない=個別最適)を、企業独自の取り組みだけではなく、オープンなインターネット上でどのように実現するか、全体最適も含めて検討していく。これがICNの生まれた背景となります。

誤解を恐れずに言い換えれば、エンドユーザーがほしい「パケット」をもらう仕組みではなく、エンドユーザーがほしい「情報」をもらえるようにする仕組み全般について検討する取り組みと言えます(ちなみに新しい概念である情報指向ネットワークに対して、従来のネットワークはホスト指向ネットワークと呼ばれます)。

なお、ICNの研究会であるICNRG(ICN Research Group)は、IETFの姉妹組織であるIRTF配下で2012年8月に発足しており、過去からの議論も確認できます。

ICNの動作イメージ 
ホスト指向と情報指向の違い

では、ホスト指向と情報指向のそれぞれのネットワークはどのようなものでしょうか。

図表1はホスト指向ネットワークです。

図表1 ホスト指向ネットワーク

ここでは情報の要求元は何らかの仕組み(DNSなど)から、情報の提供サーバーのIPアドレスを取得し、そのIPアドレスに対して情報の要求を直接送り、情報(データ)を入手します。

赤い線のように、情報の要求元が多く存在する場合は、多数の要求が情報提供サーバーに集中することになり、サーバーの負荷増大、ネットワークの輻輳といった課題が出てきます。

これに対して、図表2が情報指向ネットワークです。

図表2 情報指向ネットワーク

ここでは、情報の要求元は情報を表す名前(この情報への名前の付け方も人が読みやすい表現にするなど、ICNでの研究事項の1つ)に対する要求(インタレスト)を送出し、ルータはそのインタレストを受け取ると、自分が要求元の必要としている情報を持っているか(自分の持つキャッシュに必要とされているデータが存在するか)を確認します。

持っていれば、そのキャッシュデータを要求元に送信し(赤実線)、持っていない場合は上位のルータに要求を転送(赤破線)して、情報を持っている要求元から最も近いルータがデータを送信するという仕組みです。

この仕組みにより、必要な情報が必要なときにのみ、ネットワーク上を流れることになり、効率的な情報の取得が可能になります。

この説明だけだと、従来のCDNのコンテンツキャッシュサーバーの役割をルータが担うだけと感じるかもしれません。

ICNでは、このキャッシュの効率的な保持方法、ルータにおけるインタレストのルックアップの最適化、情報の名前付けのスキームなど、オープンなインターネットで情報指向ネットワークを実現するのに必要な仕組みを1つ1つ整理し、それらに対する解決策を積み上げていくというアプローチをとっています。ですので、今現在CDNに詳しい人も、新しい視点が得られるのではないかと考えています。

ICNの技術的な課題 
情報の転送とキャッシュ保持

ICNの考え方は、インターネット全体を俯瞰で見た際に効率的な情報を入手できる意味で、非常に興味深い取り組みですが、実用化に向けていくつかの課題が明らかになっています。以下では、代表的な課題のうち2つを紹介します。

情報の転送に関する課題

情報に名前を付け、それをもってデータを取得すること、また名前を人間が読んでわかりやすいものとするために、ICNでは従来のIPアドレスベースでの転送と比較して非常に大きなルックアップテーブルが必要となります。

これを高速に実行するために、ソフトウェアベースでのLPM(Longest Prefix Match)実装やハッシュの活用、ハードウェアの最適な活用を目的としたP4言語(P4 project)の利用など、回線の高速化と並行して実現すべき課題の解決に向けて研究が進んでいます。

キャッシュ保持に関する課題

CDNと同じく、情報のキャッシュはなるべく情報の要求元に近いことが求められます。このため、エッジルータにおけるキャッシュの保持にはどの程度のキャッシュサイズが適切か、また求められるキャッシュ(ストレージ)へのアクセス時間についても評価・研究が続いています。

またこのほかの課題として、どのような情報をキャッシュするかといった「キャッシング・ストラテジー」にも取り組んでいます(たとえば、人気のあるコンテンツをよりキャッシュしやすくするといったアプローチ)。

経済面での課題と最近の動向 
3DMsへの検討がスタート

ここまでICNの魅力と技術的な課題について紹介してきましたが、技術の普及には経済面での課題も解決する必要があります。

たとえばNetflixでは自前でCDNを構築し、経済面で利益のでるスキームを確立しています。しかしICNに対応することは、自分が保持するICNルータのキャッシュに、他者の情報が格納されうることでもあり、究極的には自分のストレージを他人のために使うといった考え方にも似た仕組みです。

この課題についても検討が始まっており、2021年3月に開催されたIETF110の会合では、Decentralized Data Delivery Markets (3DMs)と呼ばれる、非中央集権型ではない、フェアな情報の配信方法に必要なコンポーネントとは何かについて検討するといった議題が提起されていました。

このように技術だけではなく、ステークホルダーが満足できるスキーム作りという観点でも、非常に面白い取り組みと言えます。

ここまで駆け足でしたが、情報指向ネットワークの魅力と課題、最近の動向について紹介してきました。少しでも興味を持たれたなら、望外の喜びです。ICNに関しては日本からも複数の論文やRFCの提案がなされており、さまざまな貢献が可能な分野と考えています。

より詳しい実装などについて興味があれば、CeforeというオープンソースのICN開発プラットフォームなども存在しているので、ぜひ、未来のインターネットに触れてみてください。


著者
池上 竜之氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
コンサルティングI Tスペシャリスト
TEC-J Steering Committeeのメンバー

プロジェクトへの参画(コンサルティング・設計・構築)をはじめ、主にネットワーク製品の機能評価・検証、技術資料作成の他、提案活動、セミナー/ワークショップ講師を実施しています。最近、OpenCV AI Kitで遊び始めました。

 

本記事は池上竜之氏個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。

 


 

当サイトでは、TEC-Jメンバーによる技術解説・コラムを掲載しています。

 

TEC-J技術記事https://www.imagazine.co.jp/tec-j/

 

 

 

 

 

 

[i Magazine・IS magazine]

 

 

関連リンク

More Posts