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メタバース時代のXR開発 ~定義・要件・プラットフォーム・活用・事例・今後を展望

 

text=岡本 茂久 日本IBM システムズ・エンジニアリング

メタバースとは

昨今ではその言葉を聞かない日はないほどの進展を見せている「メタバース」だが、これまでの「XR(クロス・リアリティ)」を置き換えているだけのような使われ方もあり、混乱されている方も多いのではないだろうか。まずはこの辺から紐解いていきたい。

VR(バーチャル・リアリティ)は、現実ではないが、本質的に現実と同等の環境を作る情報技術である。現代では次のような3つをVRの要素としているのが日本バーチャルリアリティ学会の定義(*1)である。

・3次元の空間性(人間にとって自然な3次元空間を構成)
・実時間の相互作用性(人間がその中でリアルタイムに相互作用しながら自由に行動)
・自己投射性(その環境と使用している人間がシームレスになっていて環境に入り込んだ状態が作れられている)

一方、メタバース(Metaverse)は、meta(超越した) + universe(宇宙)からなる造語で、アメリカのSF小説「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスン 1992)に登場する架空の仮想世界が名前の起源である。インターネット上の仮想空間の中に人々がアバターとして入り込んで、相互にコミュニケーションしたり、経済、生産活動、コンサートなどの娯楽を楽しんだりできる世界として描写された。

メタバースの定義は人によってさまざまだが、シリコンバレーの投資家マシュー・ボール氏による定義(2020)が引用されることが多い(図表1)。これらは「体験に垣根がない」を除くと、ほとんど今日のインターネットが実現しているものと同じだということがわかる。また必ずしもVRが必須技術であるとは言及していない。

図表1 メタバース実現の要件:ほぼ同じことに言及している箇所を線で結んでいる
図表1 メタバース実現の要件:ほぼ同じことに言及している箇所を線で結んでいる

追加してメタバースのエバンジェリスト「バーチャル美少女ねむ」氏の最近の著作(*2)によるメタバースの要件を挙げる。両者はほぼ同じ事項を挙げつつも、前者はアバターなどの身体性には淡白な印象で、後者はよりXRデバイスや自己を投影したアバターの活用に触れた内容になっている。

メタバースという言葉が流行ったのは今回が初めてではない。セカンドライフ(https://secondlife.com/)が2007年に社会現象になったときも、IBMもVR空間に営業支店を開設するなど積極的に取り組んでいた。セカンドライフは当時からメタバースの要件も最低限満たしていたが、当時のネットワークやPCのスペックが低く、コミュニケーションツールとしての立ち位置もTwitterなどのSNSの勃興で廃れてしまった。現在は当時のレベルまでユーザーが増加しているという。

メタバースとVRは違うのだろうか。先の要件に挙げたように、メタバースの重要な技術要素(アクセス手段)としてVRがあり、「没入性」に寄与していると言えるだろう。逆に言えば、メタバースはVRの活用形態の1つである。

3Dのオンラインゲームとも、よく比較して語られる。MMO(Massively Multiplayer Online :大規模多人数型オンライン)ゲームは多数のユーザーがデータを共有する「サーバー」に同時にアクセスして、クエストでモンスターを狩りに行くなどマルチセッションに対応しており、共通点は多い。

相違点として、MMOゲームは敵を攻略してシナリオをクリアする、アイテムをゲットするなどの目的があり、そのルール、世界観はゲーム開発側がコントロールしている。ユーザーが操る主人公も設定が決まっており、自己投射性を満たさない場合が多い。

メタバースには特定の目標はなく(目的が特化したメタバースはある)、ユーザー/クリエイターによって自己組織化されており、アバターのデザインも自由である。

一方で、MMOも今日のメタバースの起源の1つと言える。ゲームのシナリオを進めるよりもロビーでほかのユーザーと会話しているほうが面白いという体験や、家や空間を設計できユーザー自身が作ったコンテンツを前提に交流できる要素があるゲーム、たとえば「あつまれ どうぶつの森」(任天堂)や「Minecraft」(マイクロソフト)といったタイトルは大きな目で見てメタバースに分類する人も多い。

「メタバース」は、どちらかというと、既述のような要素でもって仮想空間で過ごす生活スタイルのことを指すようになってきているのである。

主なメタバースプラットフォーム

VRChat https://hello.vrchat.com/
ソーシャルVRタイプのメタバースの筆頭で、メタバース要素をすべて最小限満たしている。最大のマーケットイベント「バーチャルマーケット」(HIKKY https://hikky.co.jp/)もこちらで行われる期間限定ワールドで、メタバースの本命として引用されることも多い。

clusterhttps://cluster.mu/
国産メタバースとして豊富な事例がある。イベントに特化してビデオ会議の3D版のように使える。仮想空間内でワールドやアバターを作れるツールも実装されて、一気にライトユーザー取り込みを図っている。

NeosVRhttps://neos.com/
チェコ発のメタバースで、欧米ではVRChatの次に利用者が多い。仮想世界に開発ツールを内蔵し複数人で1つのワールドを「共創」でき、アバターの表現力なども創造性が高い。高スペック環境が必要で、部屋内の同時接続数も比較的多くはない。

Mozilla Hubs(Hubs by Mozilla https://hubs.mozilla.com/
オープンソース(無料で使用可)で、WebのGUI開発環境「Spoke」で空間(シーン)を作成でき人気が高い。ブラウザの負荷から、空間ごとに25人ほどの人数上限がある。

VRChatでチームで自撮りしたもの。Oculus Questで撮影
VRChatでチームで自撮りしたもの。Oculus Questで撮影
イベント用にMozilla HubsのVR空間内で再現されたIBM事業所。Webブラウザでアクセス
イベント用にMozilla HubsのVR空間内で再現されたIBM事業所。Webブラウザでアクセス
Clusterでのセミナー参加風景。専用クライアントアプリをインストールする
Clusterでのセミナー参加風景。専用クライアントアプリをインストールする

これらを眺めてみると、先程の理想像としての定義とはまた違って、今日メタバースと呼ばれている主なサービスでは、

・ワールドを作って拡張できる
・アバターをデザインして自分の分身として持つ
・ユーザー同士が何らかの交流をする

というのが共通点として見えてくる。またオプションとして、

・その中で経済活動をする
・ゲームなど何らかのインタラクティブなアクション性を楽しむ

といったことも挙げられる。これら5つの項目で整理してみたのが図表2である。

図表2 各メタバースプラットフォームでの利用風景
図表2 各メタバースプラットフォームでの利用風景

ほかにも、Webブラウザでユーザー登録もなしに簡単に始められて、1000人同時にアクセスできるイベント空間を構成でき、ユーザー間のコミュニケーションよりも「にぎわい感」を優先した「めちゃバース」(https://hashilus.co.jp/products/mechaverse/)や、動画配信のための機能が充実したバーチャルキャスト( https://virtualcast.jp/)、ユーザー同士でドッジボールなどのバーチャル競技ができるRec Room(https://recroom.com/)など、目的に特化したサービスがある。VR会議向けに特化したプラットフォームも多い。

AR(オーグメンテッド・リアリティ:拡張現実)を扱うAppleやポケモンGOで有名なNianticは、「ARでもメタバース」と提唱している。いわばリアルワールドメタバースである。たとえば、VRの中で広告看板を設置して、ARグラスを着用してその街に繰り出すと実際にその広告や案内が表示されるなど、現実をデジタル化した、いわばデジタルツインの活用ケースである。今後仮想空間での広告業の市場拡大に期待感が持たれている。

メタバースの活用

一般ユーザーの利用形態としては、ワールドを作成する、ほかのユーザーと交流するということが挙げられていたが、ビジネス活用ではショッピングでの活用が進んでいる。

・現実のものをメタバースで買う
アバターが着ている服やデザイン家具、自転車などは現実の製品をデジタル化した3Dオブジェクトである。VR内で拡大・縮小していろいろな角度から見られるほか、ARモードで現実の室内に配置することもできる。

購入すると本物の製品が自宅に配達される。これはECのビューの3D化とも言えるが、単純な3D化というよりは、店に行って並んでいる商品を見て比較して試して買うという、「買い物体験」が再現されているのである。

・デジタルデータを買う
最初からデジタルで完結している場合も多い。まさにアバターが来ている服やアバターのデザインそのものをデジタルデータとして購入するほか、ワールド作成時に使える建造物や家具や静物、エフェクトといった3Dデータも扱われている。

たとえばBOOTH (https://booth.pm/ja    pixivが扱っている、ネットショップを開設できるサービス。決済や発送の代行サービスも提供)のURLにクリックや二次元バーコードで誘導することで連携する。ほかに、日産が VRChatの中でバーチャルショールーム開き、スタッフがアバターで接待する(*3)など、さまざまな活用が進んでいる。

さらには、ワールド内をツアーで紹介する接客業や、ライブやセミナーといたイベントも盛んなので、そのプロデュースやパフォーマーを行うなど、メタバース内での雇用形態も拡大してきている。VR会議でプレゼンやデスクワークする環境を提供する事業者も多い。

3Dを扱うことから、建築や製造ととても相性がよい。まだ建築されてない物件の内見ツアーを行う、製造する対象とその環境を測定するなど、複数人で協業するシミュレーション空間としても活用が期待される。

メタバースという言葉に合わせて、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)というキーワードも聞く機会が多くなった。ブロックチェーン技術を活用して取引履歴を確認できるので、通常のデジタルデータと異なり「コピーできない」「一点物」としての価値が担保できるというものだ。しかしメタバースのプラットフォーム側が対応してないと、そもそも保証された価値として持ち込むことができない。完全な(=オープンな)メタバースがないように、完全なデジタル所有性も実現していないのが現状である。VRChatではNFTは禁止されている(*4)。

メタバース空間開発事例

IBM BigBlueの出場するアメフト試合 バーチャルスタジアム(2021  https://www.spology.jp/14960
アメフトの日本選手権でIBM BIG BLUEの活躍をVR内でライブ配信、ほかのユーザーと一緒に応援する空間として開発された。プラットフォームにはMozilla Hubsを使用している。各部屋は25人までという人数制限があるので、複数の部屋とポータル画面を用意し、それぞれの部屋の混み具合を参照できるようにしていた。Mozilla Hubsを用いることで限られた予算範囲で開発できた。

Xリーグ バーチャルスタジアム
Xリーグ バーチャルスタジアム

VR Shoppingデモ(2021-2022)
3D開発環境のUnityでWebGLにビルドした、VR空間における仮想店舗でのショッピング体験デモで、色違い製品の切り替えやカーテン部屋の使用条件の切り替え、360°ビューコンテンツの体験など、3Dならではの商品の説明を実装している。AIチャットを構築するWatson Assistantと連携して店員と応答をすることもできる。Webなので特別なデバイスがなくてもアクセスでき、マルチユーザーもサポートしていないので通常のWebサーバー環境で運用できる。他ユーザーとの交流はないが、過去のアクセスユーザーの動向をNPCの動きに反映するなど間接的なフィードバックが想定された。

VR Shoppingデモ
VR Shoppingデモ

2022年度 日本IBMメタバース入社式
2022年度のIBM新入社員600名が一堂に会したメタバース入社式。ここに集まって大海原に漕ぎ出していく、というコンセプトのもと、島の港にある桟橋や展示場のある灯台内部が舞台となり、大型スクリーンに映し出されるライブ配信も行った。

Mozilla Hubsであれば小分けにした部屋に振り分けられてしまうが、入社式ということですべての参加者が1つの部屋に集まれることを優先事項とし、インフラには大人数がWebブラウザから参加可能なイベント用メタバース「めちゃバース」を採用した。3Dであることを活かした全員参加の人文字の作成などのアクティビティも行われた。

2022年度 日本IBMメタバース入社式
2022年度 日本IBMメタバース入社式

メタバースを開発するには

最近「メタバースクリエイター」と称する技術者が増えている。メタバースを開発するには何が必要だろうか。メタバースに特化した開発対象の要素としては、アバター、ワールド、ゲーム的な要素(アトラクション、仕掛けのロジック)が考えられる。

まずワールドの設計には、そこが何のための空間か、そこで何をするのかという指針が必要である。そのためにコンセプトアートを描く、その中でのユーザーの導線を検討するなどして、空間設計・体験設計を進めることが重要である。リアルな店舗や建造物を構築するには、実際の建築学的知見を踏まえることも必要になってくる。

環境や採用するパターンによって必要な開発の流れはさまざまに異なるが、大まかな流れを図表3に表している。

図表5 メタバース開発の流れの例
図表3 メタバース開発の流れの例

・ワールドの設計に必要な環境はプラットフォームに依存する。VRChatやClusterではUnityでVR空間設計したものをアップロードするが、Mozilla HubsではWeb上で操作可能なGUIの開発環境Spoke(https://hubs.mozilla.com/spoke)が提供されている。

既存のプラットフォームを使わずに独自の環境を構築する際は、たとえばUnityであればPUN(Photon Unity Networking:Photon社が提供するネットワークサービス)をクラウド上に実装し、マルチセッションに対応する空間を作成し、Unityで作ったクライアントからアクセスする。ClusterではUnityのほか、メタバース内でワールドを作成するツールもリリースされている。

・アバターやその他、部屋空間に必要となる道具、建造物や自然物・調度品など3Dオブジェクトを用意するには、Blenderのような3D開発ツールを用いるほか、有償・無償で配布しているダウンロードサイト、ECサイトから調達することもできる。

アバターは骨組み(ボーン、リギング)を入れた後、歩行したり挨拶するなどのアニメーションを作成することが多いが、これもVRoid Studio(https://vroid.com/studio)やReadyPlayerMe(https://readyplayer.me/)といった既存サービスを利用して作ったり、Mixamo(https://www.mixamo.com/)といったアニメーションを配布しているサイトを利用することもできる。

・「いいね」、拍手、驚き・笑いなどのリアクションも、アバターの動きで行うのかVR空間上にアイコンで表示するのかなどデザイン面でも実装が変わってくる。

アバターの自己投射性を確認する要素として、アバターデザインの選択や着替えの機能がある場合は、VR空間内に鏡を設置して、自撮りができるようにすることが望ましい。しかし一般的にカメラの追加で描画負荷が高くなるので、ユーザーが密集するような箇所は避けるなどの考慮が必要である。

・プラットフォーム選択はそれぞれの特徴、メリット・デメリット、制限事項、コストから検討する必要がある。ユーザー間の交流要素があるなら、リアクションのほかにボイスチャットやテキストチャットの機能があるほうが望ましい。期間限定なのか、ある程度運用を継続するのか、によっても開発・運用体制が変わってくる。ユーザーのデバイスとして想定するのはデスクトップPCなのか、スマートフォンやゴーグルタイプのHMD、ARグラスなのかも開発要素に関わる重要な確認事項である。

・VR空間を軽量化するテクニック 
複雑なオブジェクトがたくさんあるようだと、描画負荷が高くなり、ユーザーが操作したときに正常に動作しない、快適な反応が得られないなどの問題が生じる。オブジェクトの表面はポリゴンと呼ばれる3角形、それが集合してメッシュという表面を形成しているが、これを削減する努力が必要になる。

・3Dモデリングの際に削減する
・シーンをエリアごとに小分けにして1つのシーン内に配置するオブジェクト数を少なくする
・照明のベイクを行う:動かないものは照明の計算結果をテクスチャーに「焼き付け」ることで光/影のリアルタイムレンダリングによる負荷を削減する

UnityやSpokeではパフォーマンスをポリゴン数やパフォーマンスをチェックする統計が開発環境内で示されるので活用していきたい。

メタバースの今後

前述したが、理想とされるメタバースの条件にすべてあてはまるものは、現在1つもない。しばらくは、目的特化型のメタバースが緩やかに並立・連合して進むのではないかと考えられる。アバターはユーザーの分身と説明したが、現在はメタバースのTPOに応じて服を着替えるように変えている状況である。VRoidで作成できるVRMフォーマットなどは統一規格であり、このような共通フォーマット化が進めば、変換処理を行わなくてもプラットフォーム間で同じアバターで行き来でき、NFTアートも持ち込める「オープンメタバース」の状況が進むかもしれない。

セカンドライフのときのように、一過性のブームとして去る可能性もある。マネタイズに血道を上げて投資した勢力がそれほど儲からなかったので手を引く、一部の大手に牛耳られて、クローズドで自由度の低い自称「メタバース」にユーザー市場が硬直化する、コロナ終了で現実回帰するなどの将来も考えられる。

しかし、XRデバイス(ヘッドマウントディスプレイ、ARグラス)は次のスマートフォン、メタバースは次のインターネット利用形態であることを念頭におくと、変容しながらも展開は続くのではと考えられる。CGM(Consumer Generated Media ユーザー参加型コンテンツ)の観点で言うと、現在のメタバースはプロ・アマ含めた3Dアーティストによる自己組織化した展示場であるとも捉えられる。これは日本が強い分野でもあるので、ぜひ大きく育ってほしいものである。

 

*1 『バーチャルリアリティ学』日本バーチャルリアリティ学会編、2011、コロナ社 https://www.coronasha.co.jp/np/isbn/9784904490051/
 ・第1章バーチャルリアリティとは 1.1バーチャルリアリティとは何か
*2 『メタバース進化論 ――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』バーチャル美少女ねむ著、2022、技術評論社 https://gihyo.jp/book/2022/978-4-297-12755-8
 ・第1章メタバースとは何か メタバースの定義:実現に必要な七要件 より
*3 「日産が本気のバーチャルショールームをVRChatにオープン!さっそく体験してきた」MoguLive
https://www.moguravr.com/virtual-nissan-crossing-report/
*4 「VRChatがNFTとの統合を否定 NFTに対する企業の温度差が浮き彫りに」PANORA
https://panora.tokyo/archives/42490

著者
岡本 茂久 氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
イノベーション・ラボ
シニアITスペシャリスト
TEC-J ステアリング・コミッティーのメンバー

1997年、日本IBMに入社、2005年から日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリングに出向。エンタープライズ・コラボレーションのミドルウェア、ECソリューション、グラフデータベース、WatsonAPIなどのAIソリューションを担当。現在はAR/VRのビジネス活用の先進事例を中心に取り組んでいる。

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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