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「Society 5.0」の“しみじみ感”を求めて、その探究と見えてきた地平 ~TEC-JのWGメンバーを訪ねて❽

2017年に政府が提唱した「Society 5.0」について、海の向こうのIBMの技術コミュニティが真剣な討議を重ね、100ページを超えるレポートを作成していた。それを読んだTEC-Jのメンバーたちは強く啓発されると同時に、ある物足りなさも感じたという。そこからTEC-Jの「Society 5.0」WGがスタートする。リーダーを務める今村健司氏に話をうかがった。

今村 健司 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
ストラテジック・パートナーズ事業
アライアンス・セールス

ーー Society 5.0をテーマとするワーキンググループ(WG)を立ち上げた経緯からお話しいただけますか。

今村 発端は、IBM Academy of Technology(以下、AoT)が2020年に社内で発表した「Framework for Connected Industries in Society 5.0」というレポートです。AoTはIBMのフェローや技術理事などで構成される最高位の技術コミュニティですが、その活動チームの1つがSociety 5.0における産業と技術のあるべき姿を探究し、レポートをまとめたのです。

Society 5.0はご存じの通り、日本政府が2017年に提唱した未来社会の概念ですが、それをIBM Corporation本社の錚々たるメンバーが研究テーマとして取り上げて真剣に議論していたことに、とても興味がわきました。

そして日本でもSociety 5.0を研究してみようという話がもち上り、倉島さん、中島(千穂子)さんにより、「Society 5.0」WGが2021年に設立されました。このように私自身は立ち上げた発起人ではありませんでしたが、ふだんお客様企業のデジタル変革の提案をさせていただいてきたなかで社会変革を見据えた提案・提言の必要性を強く感じていたため、WG設立と同時に参加しました。

ーー AoTのレポートは、どのような内容なのですか。

今村 Society 5.0の概観から始まって、その社会変革のインパクトについて分析し、IBMが果たすべき役割と貢献のあり方を提示しています。この研究チームは、ビジネスモデル、アーキテクチャ、データ&AI、エンゲージメント・フレームワークの4つの観点で分科会を持ち調査したようで、それぞれ1章を割いて解説しています。全体としては、この未曾有の変革に対してIBMは新しい価値を創造していくべきであり、NGOやFintechなどと新しいエコシステムを形成して世の中の変革のリーダーシップを発揮していきたい、という会社に対する提言となっています。

ーー 今村さんは、どのような読後感でしたか。

今村 個人的には、NGOやベンチャー、中小企業などと新しいエコシステムを形成して、IBMがソートリーダーとして変革を牽引すべきという点に興味を覚えました。つまり次々に生まれ指数関数的に発達する新たな技術や活動団体と手を組み、IBMがもつ豊富なアセットを融合させることによってSociety 5.0に必要な新しい価値を創造でき、変革をリードできるとする考え方です。これは、IBM自身の変革をも感じさせる新たな提言でした。

実はそうしたことはふだんの仕事のなかでも起きていて、お客様から、さまざまな独立系ソフトウェアベンダーやハイパースケーラーといった先進技術やサービスを提供する会社と積極的に組んでやってほしい、というご要望をいただくことがほんとうに増えてきました。つまり、AoTレポートの提言にある考え方は、我々のお客様が求めるスピーディな企業変革へのアプローチから、Society5.0で提言されている未来社会への変革まで通用可能である、ということなのです。その点が、私にはとても新鮮に感じられました。

また、レポートはきわめて精緻な分析と鋭利な考察に貫かれています。ところが、Howは書かれていても、Whyがあまり書かれていない。その感想は、ほかのWGメンバーも同様だったようです。

ーー それはどういうことですか。

今村 一言で言うと、“世の中がそう変わっていったらいいだろうな”というしみじみとした気持ちになれるような、いわゆる“しみじみ感”がないのです。レポートはしっかりとしたフレームワークを定義し、分析した結果を実行する手段に落とし込んで、それをどう実現するかといったHowを説明しています。しかし読み手である我々には、Society 5.0になると世の中はこう変わり、私たちの生活はこう変わっていくという、気持ちを揺さぶるような感動があるともっといいだろうな、そういうことであればここに書かれたHowもきっと必要なんだろうな、という“腹落ち感”がないのです。そこにちょっと物足りなさを感じました。

ーー ということは、その物足りなさ感がWGの活動のバネになっていくのですね。

今村 しみじみ感や腹落ち感がないというのは、自分に置き換えて読むことができないということでもあるのです。要するに、実感がわいてこないのです。いま振り返ると、WGを初めた頃の私たちはその感覚にずいぶんとこだわっていたように思います。

ーー 要するに、実感をもって感じられるSociety 5.0を明らかにすることが活動のテーマとなったのですね。

今村 はい。実際、メンバーの1人がAoTのレポート作成チームに質問してみたところ、その答えは、今の技術を進化させただけの「ハイパーSociety 4.0」のような内容だったと言っていました。私たちのWGのメンバーには、この “もやもや感”をまずは明確にしようという気持ちがありました。

ーー 研究はどのようにスタートしたのですか。

今村 最初に内閣府のSociety 5.0がどのような経緯で生まれたのかを確認し、なぜSociety 5.0を求めるのか、それによって何を解決しようとしているかを、チームメンバーで共通理解するために整理しました。

WHAT? - Society 5.0 で日本政府は何を解決しようとしているのか  出典:内閣府
WHAT? – Society 5.0 で日本政府は何を解決しようとしているのか  出典:内閣府

また内閣府のほか、さまざま団体・機関のSociety 5.0の定義や取り組みについても調査し、メンバー間で共有しました。そして研究会の目標についての議論へと進めていきました。

活動スケジュール
活動スケジュール

ーー その過程で、Society 4.0についてはどのように捉えたのですか。

今村 内閣府の説明によると、Society 4.0は「知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分である」ことが問題点として指摘されています。このことは、たとえば防災などに象徴的に表れています。実際の災害時に、物資や情報が必要な人にタイミングよく届かないということが起きています。

そうなってしまうのは、「各分野の連携が分野横断的になされておらず、分野を横断して知識や情報が共有されていない」からと言えますが、言い換えれば、物資や情報を「本当に必要とする人の視点」でシステムが作られていないからでしょう。さらに言えば、ドメインをごく狭い範囲に限定してシステムを構築するから災害時に機能しないシステムになってしまう、とも言えるかもしれません。

この議論の過程で私たちが気づいたのは、Society 4.0 までは社会や企業活動におけるごく一部のドメインを限定してシステムを構築してきていた、ということでした。それらは、財務会計システム、銀行システム、病院や天気予報といった、情報管理システムが管理する範囲において大変有効であり有用です。しかしSociety 5.0のような、人により重きをおいた新しい社会を目指そうとするときに、有効であり有用と言えるのかどうか。やはりシステムやデータが分断されている、という課題があるのです。

ーー それが研究会の目標へとつながっていくのですね。

今村 はい。内閣府では「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」というビジョンを提示しています。私たちのWGではそのSociety 5.0の研究をとおして、これからの社会や企業に求められる本質的な課題や要件について深い理解を得ることを目標にしました。

ーー 目標を定めてから、どのように研究を進めたのですか。

今村 最初に、狩猟時代のSociety 1.0から来るべきSociety 5.0までの人と社会の進化を整理して、人が人らしく生きることができる、あるべきSociety 5.0の社会像を描いてみました。大学のSociety 5.0研究所の取り組みや経団連の「Society 5.0 for SDGs」や「EdTechを活用したSociety 5.0時代の学び」を参考にさせていただきました。Society 5.0がもたらす産業の変化の考察を行ううえで、研究会のメンバーがPESTELフレームワークを使うことを提唱してくれたので、MURALツールを使いながら、さまざまな意見を書き出していってまとめたのが以下の図になります。

Society1.0からSociety5.0までの系譜 
Society1.0からSociety5.0までの系譜 

そこで気がついたのは、社会の進化が起きるきっかけは課題解決にあり、その課題は、人がよりよく生きるために問題解決をするためのテーマだった、ということです。

いま目指したいSociety 5.0という社会に到達したいモチベーションはどこからくるのか。そしてそれはSociety 4.0 で実現した「情報社会」とどう違うのか。この点について、あまり整理された文献もなかったので、今現在も進んでいるDXなどの取り組みに対してSociety 5.0なのか、その一歩手前なのかで、かなり議論をしました。そして、これを「Hyper Society 4.0」と名づけることにしたのです。対比させる概念を作ったことで、Society 5.0を理解するうえで大きな助けになったように思います。詳しい内容は紙面の関係で、別の機会でご説明したいと思いますが、一つ整理するために作成した縦・横・高さの軸で示した図をご紹介します。

Society 5.0への進化
Society 5.0への進化

縦連携は、サイバー空間とフィジカル空間をつなぐ技術の発展度合いを示しています。大容量高速ネットワークの発達、IoTデバイスの普及、より安価に手に入るようになってきたVRゴーグルなどの登場により、この縦連携はどんどん強化しつつあります。現実社会で起きていることをデジタル空間に射影することについても、多くのことができるようになってきています。しかし、これだけではSociety 5.0とは言えません。

そこで横連携でドメインと呼んでいる業界やシステム化の対象領域の広がりや連携を示してみました。企業は大量生産時代にトップダウンに設計された組織体系をもつところも多くあるかと思いますが、その企業が提供するお客様向けサービスは、実は複数組織同士の連携で成り立っていることも多く、それらをAIなど活用しながら賢く無駄なくスマートに繋いでいこうとするIntelligent Workflowという概念もあります。また企業の枠を超えた利用者目線でのエコシステムやそれを支えるプラットフォームという考え方も出てきました。そうなるとより全体を見渡せるようになり、個別最適から全体最適、そして持続可能な社会の実現へと繋げられるようになります。

そしてさらに高さ連携を追加してみました。もう2次元では表現できず読んでいただく方には申し訳ないのですが、人の幸せ度合いを示すとても大切な軸だと考えています。この縦横関係を強化しつつ、それによってあらゆる人々がそれぞれの夢や希望をもって活躍できる社会づくり、これをSociety 5.0は目指しているのである、という概念図を作りました。

そのほか、VRを体験するために自分達でアバターとバーチャル空間を作って参加する“VR忘年会”なども実施しました。

VR世界で忘年会
VR世界で忘年会

やった方ならおわかりかと思いますが、近づくと声が大きくなったりして臨場感あふれる「場」を楽しめるのですが、アバターを介して会話をしていると、見た目のバイアスから解放されていることにすぐ気がつくと思います。何しろ相手の年齢などわからないのですから。さらにお話ししている向きも気になりました。やっぱり会話をしているときは、こっちを向いていて欲しくなりますよね。そのためにマウスを操作する自分が滑稽にも思えましたが、とても重要な示唆だとも感じました。

ーー そうした中で、見えてきたものは何でしょうか。

今村 まだ結論のようなものは得られていませんが、Society 5.0は、まず社会全体ありきで構想すべき、ということに気づいて確信を深めたことは大きかったと思います。社会の個別セクターの未来像をいくら描いても、Society 5.0の社会にはとうてい到達できません。つまり社会のグランドデザインというべきものを整えなければ、人間中心のSociety 5.0は実現できないと認識したのです。

それには人や国家、制度、環境、技術、経済、文化といった社会の構成要素の新しい関わり方を示す概念が必要になりますし、それらの社会共通基盤となる新たなプラットフォームが不可欠になります。そのあたりの議論で、サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合というSociety 5.0のイメージが、少しずつ見えてきたという気がしています。

ーー その新しい社会共通基盤を使って実現するユースケースとしては、どのようなことが考えられますか。

今村 ちょうど感染症拡大防止のため気軽に移動ができない時期でしたので、海外の美術館に行ってみたいね、夜間のバーチャルツアーなどはどうだろう、と話題になりました。時差がありますから、美術館側にガイド役のロボットを置いてもらって、日本からはVRゴーグルを装着した観光客がそれを操作しつつ、夜間の誰もいない美術館を歩き回ってアートを独り占めして楽しむというものです。普通ではみられないものも見えるかもしれません。

ロボットの遠隔操作などは現在の技術で実現できそうですが、そこにバーチャル入館者同士を結び付けるコミュニティの仕掛けがあったり、バーチャル観客を世界から集めてガイド付き団体ツアーなどを設けることによって新たな価値を創出できるだろうと思えます。

アートを楽しみたいという人間的な願望が起点となって、それを容易に実現する社会的構成要素の関係性や社会共通基盤が整った社会がSociety 5.0のイメージだろうと思います。その意味では、今ないものを構想し実現しようというビジョンこそが、Society 5.0を作っていくうえで最も重要な要素ではないかと感じています。ユースケースについては、いろんなアイデアが考えられるので、パターン分けをしたりしてその要素についても議論を進めています。

ーー 今後はどのような活動を予定しているのですか。

今村 昨年(2021年)7月から活動を続けてきて、メンバーそれぞれがSociety 5.0への思いと知見を蓄えていますので、それを何らかの形で発表していこうと思っています。それぞれのしみじみとしたSociety 5.0が描けるのではないかと思います。

1つは、Society 5.0がいかにサステナブルな社会基盤を実現していくか、について、まとめようとしているメンバーがいます。既にご覧のようなチャートに整理をしつつありますが、有限である地球資源だけでなく、経済的な人・モノ・金的な資本、さらには知的資本といったようなことまで持続可能な形にするにはどうしたらよいのかといったテーマが盛り込まれているので、これからの研究がとても楽しみです。

Society5.0におけるサステナビリティ
Society5.0におけるサステナビリティ

もう1つご紹介したいのは、デジタルが人間に及ぼす影響について検討を進めているメンバーがいることです。人は機械のリコメンデーションに従ってモノを買う行為を続けていると、その趣味嗜好は誰のものか、と考えると少しゾッとします。いわゆるディストピアの世界です。しかし本来のSociety 5.0の目指す世界はもちろんそうではありません。では我々は進化しつづけるテクノロジーをどう使いこなせばいいのか。どう付き合えばいいのか。そのための準備や進化過程で備えるべきこととはなにか。そんなことをまとめるのも、とても重要なことだと考えています。

デジタルが人間に及ぼす影響への対応と今後
デジタルが人間に及ぼす影響への対応と今後

実は、テーマをもって日々過ごしていると、いろんなことに気がつく、と感じています。このように自身の興味がもてる研究テーマをもっていろんな人と議論を進めることで、いろんな考えが頭のなかに浮かんでくるようになったら、それこそ知への欲求や進化への興味といったモチベーションをサステナブルにさせる知恵と言えるのではないでしょうか。

研究内容がさらに進化するのはもちろんですが、この研究活動が日々楽しく夢中で過ごせるようになる原動力になっていたら、それこそ研究会を行う意義がある、とも考えています。


今村 健司 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
ストラテジック・パートナーズ事業
アライアンス・セールス

新卒で日本アイ・ビー・エムに入社後、プログラマー・SE・PMとして各種プロジェクトに従事したのちプリセールスに転身。アーキテクト、業界コンサルタントとして新しい働き方・DXの提案を行う。現在はStrategic Partners事業のアライアンス・セールスとして社会やお客様の抱える複雑な課題を解くために、戦略的パートナーシップ企業各社と共にお客様DX推進の加速と新たなビジネス創造に挑戦している。社会の課題を理解するためにと社内外のボランティアや勉強会へ積極的に参加。社外ボランティアで訪ねたエチオピアでは開かれたアフリカを実感。地元町内会では総務部長としてIT化を企画推進中。高校生の息子1人と2匹の猫シャリュトリューの父でもあり、彼らの生態をみていきものが集う社会構造を日々学んでいるところ。

*本記事は話し手個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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