「働き方改革」に仕事本来の意味を取り戻す、「生き方改革」の意味が熱く込められている|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第11回

 

 

 いつか「晴耕雨読」の生活を送りたい。それが、サラリーマン人生をまっとうして、引退したあとに田舎暮らしをするときの究極の生き方だと思っていました。引退するまではよく学び、自分がやりたいことは我慢して必死で働くことで、余生を気ままに過ごせると。

 ところがよく考えてみると、「晴耕雨読」とは晴れた日に畑を耕して労働に勤しみ、雨の日は読書をして学習に励むということで、要するにたゆまぬ努力で日々精進し続ける働き方です。そう考えると余りの人生などというのは幻想であり、「晴耕雨読」とは生涯現役で働き続け、そのために学び続けることを示唆しているのではないでしょうか。

 そう思い至ると、昨今さまざまな議論がなされている「働き方改革」は何を目指しているのかが気になり始め、その目的や取り組みなどについて考えてみることにしました。

 

人生100歳代の長寿化が
働き方改革・生き方改革を促す

 

 政府が2016年に「働き方改革推進室」を設けて、この取り組みに本格的に着手した背景には、総人口の予想以上の減少、生産年齢人口の減少、老年人口の増大という、働き手がいなくなることへの危機感があります。

 図表1は総人口と労働力人口の今後の推移を予測したものですが、100年後の日本の人口は約4300万人です。また2013年に8000万人だった労働力人口は2060年にはその半分の4400万人になってしまいます(図表2)。

 

 

 GDPが生活の豊かさを計る尺度だとすると、総人口が少なくなっても同じ豊かさを維持するには、(1)生産年齢の幅を引き伸ばすことで生産人口を増やす、(2)労働者1人あたりの生産量を増やす、つまり労働生産性を上げるという方策が考えられます。並行して、(3)総人口の減少を食い止める目的での出生率を上げるための施策も必要です。つまり(1)の案は、まさに余生とか老後という言葉をなくし、高齢者も働き続けることを意図しています。

 数年前にリンダ・グラットンが『ワーク・シフト』(*2)という本を出版し、続けて昨年『ライフ・シフト』(*3)を著し、働き方のシフトが必要なのは、実は生き方のシフトが必要とされているからであることを説いています。

 その大前提としているのが人生の長寿化です。今生まれている子供たちの50%は100歳を超えると言われています。100歳を前提とした人生は教育・勤労・引退という人生を3つのステージで終える単線的なものではなく、第2、第3の仕事をするために教育と勤労を繰り返す、スパイラルな人生であったり、2つ以上の仕事を並行して行う複線的な人生になったりするというのがリンダ・グラットンの主張でした。働き方改革を考えることは、実は「生き方改革」を考えることなのです。

 

「前のめりの時間意識」にとらわれた
これまでの人生設計図

 

「働き方改革」を「生き方改革」の一部として捉え直してみると、まず人生の設計図を見直すところから始める必要があるようです。

 私たちはこれまで人生をまっすぐな線のようにイメージしてきたのではないでしょうか。その直線は生まれたときから始まり、労働にたずさわる前の未成年の期間があり、労働する者としての成年の時代を過ごし、そして労働という形の公的な生活からリタイアしたあとに過ごす老年期は、死ぬまで続きます。

 この直線上で、決められたタイミングで次のステップに進み、決められた道を踏み外さず、まじめに仕事をすることで豊かな老後を迎えるというのが人生の設計図でした。

 これは、豊かな未来を実現するための直線です。受験勉強はよい大学に入るため、よい大学を目指すのはよい会社に入るため、残業するのはよい老後を過ごすためというふうに、現在は常に未来をよりよくするためにあるという考え方です。この考え方を、元・大阪大学総長の鷲田清一さんは「前のめりの時間意識」と説明しています。

 プロジェクトやプログラムという言葉に共通の「Pro」は「前に」という意味で、進歩を表すプログレスと同じ使われ方をしています。現代の経済活動の基本である事業(プロジェクト)とそこで必要な実施計画(プログラム)、そして投資家に対する約束(プロミス)は、すべて現在の活動の価値を将来の結果に先送りすることを表現する言葉です。今一生懸命やっていることはそれだけでは意味をもたず、将来事業として利益(プロフィット)を上げることで約束を果たすのです。プログラムが計画として正しかったかどうかは、その結果でのみ証明することができます。

 このような「前のめりの時間意識」は、目的を常に未来に設定し、その未来から現在を逆規定することになります。つまり未来の目的を達成するために今何をすべきかというふうに、現在をその目的の手段として規定するわけです。

 企業は事業の目的を実現するために、毎年全社の目標を部門に分解し、仕事のプロセスごとに目標をセットします。マネジメント・バイ・オブジェクティブです。結果としてそれは社員1人ひとりの労働を部門の目標から全社の目標へと続く目的‐手段の連鎖のなかにつないでいきます。逆に社員の側から考えると、目の前の仕事はその仕事の上位の目標の手段であり、それだけを切り離して完結するものではありません。つまり上位の目標にとっての手段としての意味をもつだけで、その仕事自体の意味はもてないのです。目的と手段の連鎖で仕事を捉えた場合、個人の立場では100%やったと思う仕事であっても、目標を7割しか達成しなければ、その仕事の意味は7割でしかありません。さらに「職業」という言葉が表しているように、企業組織のなかでの自分の仕事は、自分固有の仕事であってはならず、職務記述書で標準化された仕事であり、同じ職に就いている人にいつでも取って代われるように体制を作るべきだとされています。このことからも、個人にとって仕事とは、ますますもって自分固有の意味をもつものからほど遠くなります。ここに目標管理と、モチベーションややる気とのギャップがあります。

 人生の直線と同様、仕事の仕方もこれまでのように一直線のイメージで捉えて、目標と手段の連鎖が途切れずつながり続ければ、企業組織もまだうまく機能するのですが、昨今ではそうとも限りません。デジタル・トランスフォーメーションと言われて新規事業の開発が必須であったり、グローバル化、企業買収、合併などによる組織の再編があったりしてビジネスの仕方が変化すると、上位の目標との連鎖で仕事の有用性を考えることがさらに困難になります。前のめりの時間意識によって有用性を計ることが困難になったとき、その仕事を自分にとってどのように意味づければいいのか、ということが、これまで以上に問われることになります。

 また日本の企業の寿命は世界中で最も長寿だと言われていますが、それでも平均24年です。60歳定年だとしても私たちの労働年数はすでにそれを上回るのですから、1つの企業の目的達成の手段としての仕事の意味とは別に、自分にとっての仕事の意味を、働きながら常に考えることが必要です。そして直線と思われていた人生が、リンダ・グラットンの言うように、第2、第3の仕事を行うことでスパイラルだったり複線だったりする時代であれば、自分にとって仕事とは何か、そして働くことと学習との意味は何かを、もっと問うことが求められます。

 

働くとは、自分を実現する行為であり
他者に対して自身を表現する行為

 

 私たちは本来「働くこと」に意味を見いだしていました。それは自らの達成感であったり、家族を含めて他者の幸せに貢献することへの充実感であったりします。それは目的と手段の関係ではなく、働くということが自分自身を実現する行為であり、他者に対して表現する行為であるという、本来的にもっている意味です。

 リンダ・グラットンはワークシフト「働き方改革」という言葉の後ろに、ライフシフト「生き方改革」を想定しましたが、私たちは「働き方改革」という言葉の後ろに、単に長時間労働の削減とか、労働生産性の向上というレベルの改革ではなく、目的達成の手段としての働き方から、仕事が本来もっている達成感や充実感という、それ自体の意味を取り戻すための改革を意識しているのではないでしょうか。

 結局私たちは、労働を通じて自分自身のアイデンティティを2つの側面から確認しています。1つは持続した時間を仕事という作業に費やして、作業を完了することで自分自身の達成感を得て、自己同一性を確認します。もう1つは、他人から認められた自分の仕事として認識し、他者のなかにある自分の価値を確認します。自分の内面に起きる充実感や達成感という主観的な確認と、他人から確認される客観的な自分の価値という2つの自己確認が自分のアイデンティティであり、裏返すとこれが仕事の意味です(図表3)。

 

 

ワーク(労働)から
自分にとってのワーク(作品)へ変える

 

 仕事の意味とは、それによって充実感を得ることだけでなく、それを通じて自分を社会のなかで価値ある存在として他者から認められるところに発生します。仕事を通じて獲得する充足感と社会への貢献というアイデンティティを確認するときこそ、生きていることの手応えを感じる瞬間であり、「生きがい」を覚えるときなのです。

 それは、目的と手段の連鎖である直線上のプロセスには存在しません。他人に決められた目標を繰り返し達成することでも獲得はできません。自分の仕事の仕方、働き方に疑問や不満をもたず、学びを怠り成長することを放棄した人には、感じることができないのです。

 スパイラル化し複線化する人生であればこそ、自分が充実感を得ることのできる働き方を模索し、他者からもその価値を認められる仕事は何なのか、自分にとって意味のある働き方とは何なのかを考えることができます。というよりも、人生100歳時代を生き抜くためには、自分にとっての意味を見いださないと、仕事を続けることができなくなります。

 仕事の意味は、さらによい仕事をしようとする自分が、さっきまでの自分を超えようとする学びと成長の過程で確認することができます。また、関係する他者とお互いの自己表現である仕事を認め合いながら、信頼関係を深めようとすることで、獲得できます。常に新しい日々、時々刻々において、変化し続けている環境と自分と他人との関わりを意識し、与えられた目標を達成するだけの手段としての存在になるのではなく、瞬間瞬間すべての経験から学び続ける、成長の主体となることが大切なのです。

「働き方改革」とは、単調な活動の繰り返しであるワーク(労働)から、自分にとっての表現であるワーク(作品)に変えることです。それはとりもなおさず、余生を気ままに過ごすことを目的とした人生観を脱却して、自分に与えられた使命を探し続け、学び続け、生涯をかけてそれをワークとして形にし続けることを生きがいとする「生き方改革」です。

 真の意味で働き続けることは学び続けることであり、生きがいをもって生き続けることです。働き方改革のための方策を考えるにあたり、まずは晴耕雨読を始めましょう。

 

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.17(2017年9月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(10月26日公開)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている(10月27日公開)
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと(10月28日公開)
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

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