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ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第17回

 

 

変化への対処方法として
人間性の探求が求められている

 

 皆さん、こんにちは。人材育成に関する世界最大の集まりであるATD(Asso
ciation of Talent Development)のコンファレンスに参加してきました。今年はワシントンD.C.で開催され、1万3000名を超える人たちが世界各国から参加しました。日本からも200数十名が参加しています。

 今回4日間にわたって行われた約400のセッションを一括りに要約することは難しいのですが、昨年の傾向と比べると、ラーニング・テクノロジーやデジタル・トランスフォーメーションに焦点を当てた内容から、それらによる変化に対して、私たちが個人として、あるいはチームとして、どう対処するのかという内容へと探求が進んだように感じます。

 とくに印象的だったのは、エモーション(感情)、エンパシー(共感)、心理的安全など、人間の心に関わるテーマやキーワードが多く見られたことです。

 セッションに参加しながら、そうした傾向の背景として、アメリカ企業ではこれまで以上に変化が激しくなっていることが感じられました。組織の再編などの変化を意図的に起こすことで、企業のパフォーマンスの向上や新しいビジネスの創造を目指すわけですが、それらの変化によって、かえって組織の成果が落ちることが報告されています。

 その原因としては多くの社員が変化に適応できていないことや、やる気の喪失が指摘されており、その対処の仕方として、人間性の探求が求められているのではないかと感じました。

 このような探求は、私たちが最近取り組み始めた「ラーナビリティ、自ら学び続ける力」に関する研修と訓練に関わる方向感と同じではないかとの思いから、あらためて「ラーナビリティ」のプロセスとそれを強化する「ラーナビリティ・トレーニング」の概要について、ご紹介したいと思います。

 

未来を考えて
自ら変化し続けること

 

 従来の学びでは、過去の成功事例を学んだり、すでに証明された解決策を現在の問題の解決に応用したりします。そして多くの企業研修は、年次や職種に応じて決められたカリキュラムに沿って外から与えられる学びでした。

 しかしこれからの私たちの学びとは、未来を考えて自ら変化し続けることです。人生100年時代を乗り切るために、また加速する変化に適応していくために、学び方が変わりつつあります。変化そのものを学びのトリガーとして、自らの考えや視点に変化を起こし、その結果として行動が変わり続けることを、ラーナビリティ・トレーニングの目的としています。

 ラーナビリティのプロセスは、図表1のようになります。私たちの学びのプロセスを、変化に伴う情報の処理として、このように4つの象限に分けてみます。

 

 

 円の左右に自分の外にある情報と、自分の内からもたらされる情報が分けられていて、円の上下にはそれら内外の情報を受動的に受け入れる処理の仕方と、内側の情報を体系化して外に向けて発信していく、能動的な処理のエリアに分けられます。

 そしてすべての領域に、真ん中にある「私の気づき」が関係しています。

 これら4つの象限は、それぞれ「受容する」「直感・心の声を聞く」「インテンションをもつ」「働きかける」と名付けられています。外部のさまざまな変化は、視覚・聴覚など五感を通じて感じられます。それらは情報として「受容」され、記憶されます。どのように受容するかによって、変化の「認知」の仕方が変わります。

 新しい情報は、これまでの記憶を呼び起こす契機になります。大きな変化に関する情報であれば、自分の感情も揺り動かされ、価値観を思い起こして見直すものになるでしょう。それが「直感・心の声を聞く」エリアです。ここでの自分との対話の結果として、変化の状況や自分と他者との関係に新しい「意味づけ」や新しい解釈を見出す場合があります。

 これらの新しい意味をもとにして、これまでの自分の人生の目的や信念、生き方として大切にしてきたものとの整合性を取り、新たな意図をもつのが「インテンション(意図)をもつ」エリアです。このインテンションに基づいた判断を行い、その判断に“コミット、責任”をもつのが、「判断、コミット」です。

 その結果、自分の意図をもって新たな状況を作り出すので、それは外部の変化への適応でもありますが、関係する人たちの理解や共感を得る表現方法を考えて、発表したり行動に移したりするのが、「働きかける」です。そこでは相手に合わせた「物語」の力が大切になります。

 これを変化に適応し、学び続けるためのプロセスとして考えてみましょう。まず学びの始まりは、外界の変化に気づくことです。デジタル・トランスフォーメーションは、変化のスピードをさらに加速させます。しかしそれらが自分に関係があると思わない限り、学習は起きません。変化を自分にとっての変化として認知すること、それが学びの始まりです。これが、右下の「認知」です。

 変化とは今とは違うということであり、先がどうなるかはっきりわからないということです。異なることや知らないことにワクワクする人も中にはいますが、ほとんどの人は変化と聞くと不安になったり、心配したりします。変化にはあまり近づきたくないし、自分のことだと考えたくないのが普通です。ですから外部で変化は起きているのですが、無意識にそれを見ないようにして、気づかない場合が多いのです。

 また変化を認知した場合でも、たいていは自分がすでにもっている知識や経験で説明しようとします。無意識のうちに、「バイアス」と言われる自分にとっての常識や思い込みをもとにして、これまでと同じように認知しようとする傾向があります。

 変化を説明しようとする姿勢は大切ですが、無理に説明するよりも、変化を感じたらいったん立ち止まってみることも大切です。変化によって起きる違和感や、「わからない」という居心地の悪さをそのまま受け入れてみることが、学びのトリガーになります。すると図表の真ん中にある、「私の気づき」が働きます。変化をわからないものとして「認知」することが、学びの始まりです。

 変化に気づき、自分に関係するものとして捉えると、この違和感や不安感を埋めるために、脳も五感もフル回転し始めます。自分がわからないことを「わからない」と認知して、この疑問を持続することが大切です。必死で考えている時はわからなかったものが、ふとした拍子につながることがありますね。

 以前、NHKの『人体』シリーズの番組で、お笑い芸人で小説家の又吉直樹さんの脳をスキャンした画像があり、アイデアが浮かんだ時に脳内の神経細胞のさまざまなところが光りながらつながっていく様子が見えました。脳内の価値判断や感情記憶、言語処理や状況スキャナなどの多様な機能が一瞬にしてつながり、新しいものの見方を産んだ瞬間でした。

 おそらくそのようなことが、私たちが疑問をもつ時にも起こります。むしろ散歩している時とか、シャワーを浴びている時に起きるかもしれません。まだちゃんと人に説明できないかもしれませんが、この変化が自分の心の中に湧いてきたことで、納得感のあるものになるでしょう。

 この状態が、図表の左下にある「意味づけ」です。外部の変化に対する新たな発見は、それが自分にとっての意味づけに気づく時に起きるのです。それは心の声を素直に聞くことや、直感が働く場を作ることで生まれます。新しい解釈が腑に落ちるものなのかどうか、「私の気づき」が働き続けます。

 その直感のようなものを信じて、自分の価値観や人生の目的に照らし合わせてみると、偶然と思っていた外部の変化が、実は自分の人生にとって必要なものだと感じられます。そう変化を受け止めることで、自分自身の価値観も変化していきます。

 その結果、新たな意図をもって行動することが、自分にとっての必然となります。それが、これから自分がその意味に基づいて行動していくうえでの指針となります。場合によっては、過去の出来事に対する解釈も変わります。変化に対する意味づけは、過去さえも変えられるのです。

 これらのプロセスが、図表の左上にある「インテンション」です。脳内では価値記憶の場所である前頭葉の一部や、感情記憶が保持されている扁桃体や、さまざまな情報系がスキャンされて、新たな価値意識が作られます。その結果、判断の幅が広がったり、判断のための洞察がより深いものになります。

 図表の右上のエリアでは、自分の中で起きた変化を、外部の変化として実現していくために、チームや組織のメンバー、あるいは家族や同僚など、自分に関わるさまざまな人たちの理解と共感を得るための学びを行います。そのためには表現力とファシリテーションの力が大切ですが、それは文字情報や言葉などに限らず、さまざまな非言語情報を表現の手段として使うことが求められます。

 デジタル・トランスフォーメーションのための情報技術は、言葉に定義しきれない感動や情動を、動画や絵によって伝達することを可能にしました。私たち自身にとっても、感情を言語化したり、言葉を非言語情報として表現することが重要になります。この伝える技術やプロセスが、図表の右上にある「物語」になります。

 物語は周囲の人たちにとって、新しい変化を生みます。変化は自分に対してと同じように、相手にとっても「新しい」ことであり、これまでと「異なる」ことです。そう考えると、人によって受け止め方はそれぞれです。ですから相手に合わせてそれぞれが最も関心をもち、話を聞きたくなる表現手段と内容を考えて伝える必要があります。パーソナライズされた伝え方が大切です。

 昔からいう「人によって法を解け」ということですね。

 

「学び」とは
内外の「変化」である

 

 ラーナビリティとは、「自ら学び続ける力」です。それは変化を学びの源泉とし、自らの心の声を聞き、視点や考えを変化させることを学びの過程とし、新しい自分の考えを仲間に働きかけて、外部に変化を起こすことを学びの成果とします。

 つまり「学び」は、内外の「変化」なのです。しかも自分が当事者として、その変化を担う者として関わり、自らが変わることにこそ、学びの真髄があります。変化に対して人はネガティブに反応したり、言われたからしょうがなく従ったりといった、リアクティブな反応をしがちです。

 図表2にある2つの矢印は変化に対するネガティブ、リアクティブな反応の場合のサイクルを表しています。それらの反応は円の右半分で起きていて、変化を認知はするものの、これまでの価値観を見直すこともなく、結局自分の心の声を聞かず、それまでの自分の常識や思い込みで変化に対処する場合を表しています。そこに当事者意識は発生しません。新たな気づきもありません。つまり、図表3のようなサイクルでの、本当の意味での学びが起きていないのです。

 

 

 

 さらにチームが変化していくには、変化によって起きる他者の感情を理解することがとても大切です。そこでは、ロジックよりも感情や感性が学びを進めます。

 今回のATDでは、心理的な不安に対処するためのセッションが多かったのですが、それらは変化をいかに自分の問題と捉え、正面から向き合うかに焦点を当てていました。

 ラーナビリティ・トレーニングはまさにそのために、自分と周りをちゃんと観察すること、そこから偏見なく事態を認識することの訓練から始まります。同じものを見ていても、人の解釈や感情はさまざまに異なります。自分の認識を話し、他人の認識を追体験することを通じて、それを体感していきます。他人の意見に触発されて、新たな意味を思いつくこともあります。

 ラーナビリティ・トレーニングのすべてのコースに共通するのは、「私の気づき」を呼び起こすための訓練です。心の中で起きる「気づき」をメタ認知として、科学的に理解しようとする認知心理学や脳科学のコースも作りたいと考えています。「ビジュアル・シンキング・ストラテジーズ」という考え方に基づくコースは、すでに提供を開始しました。芸術作品を鑑賞しながら対話することで、感覚を言語表現に変えたり、共感を得るなどの訓練も、「気づき」の場面を生成させるでしょう。

 知らないことはわからないと言える風土づくりや、機能ではなく意味を問うことなど、私たちが必要だと気づいて今まさにやり始めたことが、これからの変化に適応していく企業人研修にはさらに大切になると確信しました。この学びのサイクルを回し続けるための訓練をぜひ始めましょう。

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(10月26日公開)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている(10月27日公開)
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと(10月28日公開)
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力(10月29日公開) 
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練(10月28日公開)
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

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