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立ち止まって、ちゃんと考えてみよう|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第19回

 

Back to the Future

 

 堀田善衛さんの著書『未来からの挨拶』(1995年、筑摩書房刊)にBack to the Futureについての文章があります。

 堀田さんがこの映画を観たあと、タイトルがとても気になったので、大学で古典学を教えている教授に話してみたところ、あれはホメロスのオデッセイの時代の歴史の考え方なんだと教えられたそうです。

 ギリシャ時代の人々は、自分たちが見ることのできる過去と現在が目の前にあり、見ることのできない未来は後ろにあると考えていました。ちょうどボートを漕ぐ人が後ろ向きに進むように、当時の人たちは過去と現在を前に見ながら、見えない未来に背中から入っていった、つまりBack to the Futureということです。

 人類がゆっくりと進化していた時代、ほとんどの人が未来はわからないもの、過去から現在の延長線上にあるものと考えていました。賢人と言われた人たちは、振り向いて未来を見たわけではなく、目の前にある現在と、すでに起きた過去をより深く観察することによって、未来につながる独自の意味を読み取れる人たちだったと言うのです。

 

現在を考える

 

 NHKの「チコちゃんに叱られる」ではないですが、私たちは仕事中にしても、普段の行動にしても、あまり注意力を使うことなく過ごしています。そんなことはない、いつもいろいろ考えて行動しているんだという方もいらっしゃると思います。

 でも普通に仕事や生活がこなせているのは、目の前のことに大きな疑問や不思議を感じることなく、これまでの経験や知識をもとにして、処理できているということです。

 仕事ができる人というのは、いろいろな案件をスピーディに処理できる人です。ということは、1つ1つの案件に「これは何だろう?」とか、「なぜこうなっているんだろう?」などと疑問を持つことなく、今までの価値観や判断のための自分の基準に従って、意思決定したり、自分が最適と思うよう行動できるということです。じっくりしっかり考えているわけではないですね。

 もちろん世の中には、これまでの常識でうまくいくことがたくさんあります。しかもデジタル化が進むと、ますます多くの判断をデジタルシステムに任せられるようになります。

 しかし「変化の激しい時代」とか「不確実性が高まった」と言われる意味は、一瞬一瞬世の中は変わっていることに注目する必要がある時代ということです。

 あるものは昨日と同じようには起きないし、昨日の解決策は今日の解決にはならないことがある。となると世の中には以前と同じような問題も、即答する前に立ち止まって、ちゃんと考えてみようということになります。

 変化の激しい時代とは、今まで以上にちゃんと考えることが必要な時代だということです。逆に昨日までと同じ方法で解決できるカテゴリの問題や仕事は、アルゴリズムにしてAIに任せればいいわけです。

 変化のスピードを加速させるデジタル化の時代というのは、考える必要のある問題と、システムに任せていい問題を切り分ける能力を必要とする時代であり、考える必要のある問題を、立ち止まって自分で考える力が求められる時代だということです。

 

ちゃんと考える

 

 いよいよちゃんと考える時代なのですが、いきなり考えようと言われても、なにを考えたらいいかわかりませんね。ダンシング・アインシュタインの代表の青砥瑞人さんは、まずは気づくことが大切と言っています。「なんか変だな」とか「あれっ、どうして」とか、違和感を持つことが考えるべきことなのです。

 脳はこれまでの経験や知識をもとに、常に次に起こることを予測しています。それが裏切られた時、予測と現実とのギャップで脳が働き始めます。「脳は差分で働く」のだそうで、「わからない」とか「知らない」ことが、脳を働かせるトリガーになります。

 その疑問や違和感が自分の好きな分野のことだったりすると、さらにドキドキ・ワクワクします。そしてそれこそがAIに任せられない、任せるにはもったいない、自分が考えるべき問題の1つなのです。まず違和感を覚えたら、立ち止まってみましょう。

「変だな」とか、「あれっ、どうして」と思うためには、今までの思い込みをいったん横に置くこと、そのためには自分が思い込みを持っていることに気づくことが必要です。

 しかし自分の思い込みについて、自分で気づくのは難しいものです。思い込みについての気づきを促す方法として、出来事や考えのつながりを、文字にして書いて、矢印や囲いのボックスを使って図で表すことが効果的です。

 頭の中で浮かんでは消えていく考えを、文字と構造の図として定着させることで、つながると思っていた考えがつながらないとわかったり、断定的に考えていると気づいたりできます。

 さらに声に出してその図を読んでみると、聴覚でも気づくことができます。「気づき」は身体の感覚器官から入ってくる外部情報と、身体の中にある記憶情報や内臓などの情報の出会いによって起きます。そのためには視覚、聴覚、触覚などとともに、手や口など身体全体を使うと、気づきを得やすいのです。

 

よく考えるためのツール

 

「教育のためのTOC(制約理論)」では、「よく考える」ことを次の3つに分類しています。

①因果関係など、物事のつながりについて考える
②矛盾や対立などを解決することについて考える
③目標を実現するための方法を考える

 そして考えることをよりわかりやすく、考えやすくするために、思考のプロセスを図で表すツール(図表1)を提供しています。

 現在の状況を立ち止まって考えてみることで、昨日と違う意味を見出す可能性があります。そのために疑問を書き出し、その原因と思われることも書き出し、問題との間を矢印でつないでみます。

 「ブランチ」というツールは、問題解決のための因果関係を発見したり、論理的に推論したりするための方法です。また、現在の状況からどんな結果が生じるかを予測するためのツールでもあります。「もし・・・ならば」「結果として・・・である」と声を出して読んでみると、因果関係があるとしてつないでみた出来事が、本当に今の問題の原因として妥当なのかを確認できます。

 また「クラウド」というツールは、2つ以上の意見や、目的を達成するための手段の対立の構造を表現します。その構造を長期的な目的といった高い視点から見ることで、対立をウィン・ウィンの関係に変えていくためのものです。

 そして「アンビシャス・ターゲット・ツリー(ATT)」は、挑戦的な目標を設定し、その目標をステップを追って実現するための行動計画を作るツールです。とてもわかりやすいプロジェクト・プランニングのツールになっています。

 いずれのツールも物事のつながりや考え方の推移を、視覚で確認するようにできており、それによって自分の意見をより客観的に検討して、思い込みや誤解に気づきやすくなります。

 またプロジェクトを進める時の対話のツールとして、お互いの考えを共有したり、考えを膨らませていくことができます。自分でよく考えることを進めるためのツールですが、同時にビジネス・コミュニケーションのツールであるとも言えます。

 

私たちが未来をちゃんと考える

 

 ディスラプション(破壊)の時代と言われ、未来がさらに不確実で曖昧であるからこそ、今をちゃんと観察し、過去の出来事が私たちに問いかけることの意味を考える必要があります。

 アメリカ建国から約200年後の2007年、西海岸の大学の卒業式でスティーブ・ジョブズはこのように言いました。

「先を見通して点をつなぐことはできません。振り返ってつなぐことしかできません。だから、将来なんらかの形で点がつながると信じることです。何かを信じ続けることです。直感、運命、人生、カルマ、その他なんでも。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、そして私の人生に大きな違いをもたらしました」

 未来を闇雲に見ようとするのではなく、点をつなぐことを考える。そう決めて、これまでの出来事を「よく考えるためのツール」を使って考えてみると、新たなつながりと未来への意味が現れるかもしれません。さらにデジタルテクノロジーが強い味方となってくれます。膨大な過去のデータを分析し、新たな因果関係を見つけてくれたり、より正確な予測をアドバイスとして提出してくれそうです。

 ギリシャの賢人が、今と過去を観察することで獲得した叡智を、誰もがよく考えるツールとAIを使うことで私たちも獲得できるかもしれません。機は熟しました。目の前の今と過去をしっかり見つめて、オデッセイのように未来のふるさとへとつながる道を発見する旅に出かけましょう。

 ただ1つだけ、ギリシャの航海では多くの船乗りが、セイレーンの甘い歌声に惑わされて、座礁したり遭難したりして命を落としました。あの教訓を今に生かして、SiriやAlexaに頼りすぎないように、ここぞというときは耳に栓をして、自分でよく考えて、意味をつないでいきましょう。

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.26(2020年1月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(10月28日公開)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている(10月27日公開)
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと(10月28日公開)
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力(10月29日公開) 
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練(10月28日公開)
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある(10月27日公開)
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

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