人生100年時代、学び続け、変わり続け、よりよく生きる|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第8回

 

3段階であった人生を
4段階や5段階にして生きる

 

 ロンドン・ビジネススクール教授であるリンダ・グラットンの最近の著書『ライフ・シフト』(*1)によると、2007年に生まれた日本の子供の半分は107歳まで生きる可能性があるそうです。また、人生100年の時代になると、80歳まで働くのが当たり前になるとのことです。

 人生が、「教育」「仕事」「引退」の3つのステージで過ごしてきたこれまでよりも20年近く長くなるとすれば、自分のやりたいことができるようになっていないと生きる気力が続きません。

 そのためにグラットン教授は、(1)自分をより深く理解したり旅に出て充電するなど、より豊かに生きる方法を「探索」すること、(2)自分自身を表現したり起業してやりたいことをやるなど「自分の仕事を創る」こと、(3)複数のことを「同時進行」でやって自分の可能性を「試してみる」こと、(4)その結果、徐々に仕事を「シフトする」こと、を勧めています。

 そうして、これまで3段階であった人生を4段階や5段階にして豊かにしようというのです。今まで以上に生き方の選択肢をもつために、自分の人生の過ごし方をよく考えることが大切と言います。

 人生の長さが延びたぶん、一つ一つの判断にかける時間が増え、その意味を折に触れて考えるようになります。また、途中で立ち止まり、周りの景色を確認しながら進退を決められれば、より充実した人生を送ることができるはずです。

 ところで現実は、そのように余裕のある仕事の仕方や生活の仕方になっていくのでしょうか。

 

フリードマンが指摘する
「学びの動的平衡」時代

 

 先日、ラスベガスで開かれたIBMの「World of Watson 2016」という催しでは、1500以上の講演やセミナーがありましたが、その中に面白い講演がありました。スピーカーは、日本でベストセラーになった『フラット化する世界』(*2)を書いた、ジャーナリストのトーマス・フリードマンです。講演でフリードマンは、これからの時代は「加速化」の時代であることを、グラフを使って説明しています。

 デジタル化の時代はテクノロジーの変化のスピードが指数関数的に加速しており、図表に黒い実線で示されているように、現時点ですでに私たちが適応していけるスピードを超えてしまっています。つまり、私たちはテクノロジーの進化についていけない、時代遅れの世代になりつつあるわけです。

 

 

 これまでは基礎教育や訓練を受けていれば仕事も生活もその応用で過ごせたのですが、現在は仕事を続けるために新しいことを学び続けなければなりません。図中の破線は今の適応力をもって何とか変化についていこうというものですが、この破線はいわゆる「学習の高速道路」なので、より効率よく学ぶ仕組みや高速運転技術が必要です。あるいは仕事中でも家庭での団欒の時間でも、とにかく学習する時間を作ること、専門家になっても管理職になっても、さらには退職をしても学び続けることが必要になります。

 この必要な知識を学び続ける状態のことを、フリードマンは自転車に乗るのと同じように、ある程度のスピード以上でこぎ続けることにより安定走行が保たれる状態にたとえて「動的平衡」という言葉で表しています。自転車はこぎ続けないと倒れてしまいます。

 

まず立ち止まって
よく考えよう

 

 動的平衡とは、ちょっと考えると矛盾した言葉のように思えます。安定した状態や秩序が保たれている状態は、動かないからこそ維持できる、と普通は考えます。でも自然や生命の世界では、秩序を保つために常にエネルギーが使われていて、それがなくなるとどんどん無秩序化していきます。エントロピー増大の法則です。

 私たち人間の細胞も生まれてから死ぬまで、常に新しくつくり続けられるとともに古いものを破壊し捨てているわけですが、それによって私が私であり続けることができます。生命の秩序を保つためには、それを維持している細胞を壊し続けるとともに、外部からのエネルギーを食べ物として取り入れて、自分の秩序に合わせてつくり直します。秩序を保ち続けるためには常に動き続けている必要があり、破壊と再生の作業が止まったときが死となり、「静的」平衡状態になるわけです。

 そう考えてみると、「学びの動的平衡」はすでに私たちの身体が自然に行っていることであり、それほど困難なことではないようにも思えます。無意識のうちに私たちの脳細胞がそのように働いてくれていれば、何も問題はありません。

 しかしフリードマンが言いたかったのは、変化のサイクルが学習の有効期限を短くしてしまったので、変化に適応するためには、今までのようにこれだけ理解しておけば一生役に立つということではなく、不断の学習を続けることと、日々の生活の中で学びを習慣化する必要があるということです。つまり、今までと同じように、何も考えずに自転車をこいでいるだけでは、速すぎる変化についていけなくなると指摘しています。

 せっかく人生100年の時代になり、長く生きられることで、意思決定にも余裕が生まれ、人生をより深く楽しむことができると思いきや、仕事でも生活面でもテクノロジーの進歩に追いかけられて、余裕が生まれるどころか何も考えられなくて、ただ時代の変化を追いかけていくだけになりかねないということです。人生の長さと考える時間が、反比例しているようです。

 だから、フリードマンはあえて「まず立ち止まってよく考えよう」と休息を提案しています。そこで、ポーズ(一時停止)ボタンを押して、少し考えてみましょう。

 

学ぶ人自身の意欲と
学習する環境

 

 日常の中でできるだけ機会を捉えて学習することや、より効率のよい学習は、どのようにしたら可能なのでしょうか。

 学びについて考える視点は2つあります。学ぶ人自身の意欲と学習する環境です。

 学習環境についてはまさにテクノロジーの進歩も一役買っており、いつでもどこでもさまざまなテーマを学習できる、オンデマンド・ラーニング環境がネット上にできてきました。従来の教室での研修や読書による学習よりも効率のよい学習環境が提供されるとともに、個人の状況に合わせて、それぞれの関心やレベルに応じたコンテンツを選択することがより容易になったのです。

 一方で学ぶ本人の意欲については、ただ教えられたり、一方的に文字を読んだり見たりするだけでなく、より主体的に学習に関わることが学んだ内容の定着率に大きな差を生む、とわかってきています。

 そして、学習も自転車の乗り始めのように、一瞬だけできればよいのではなく、持続的にこいで、バランスを意識しないで曲がったり、障害物をよけたりできることが重要です。無意識に身体が反応しないと、とっさの変化に対処できません。つまり、自転車を乗りこなすように、意識を集中させることを習慣化して、常に学び続ける身体をつくることが、加速化する変化に適応し得る人財をつくることになります。

 グラットン教授の『ライフ・シフト』の趣旨をもう一度振り返ってみると、要するに100年生きる時代なので、自分がより楽しめる人生にしないと100年もたないよ、ということでした。そのために旅による新しい世界を探索することや、自分がやりたいのは何なのかを探究すること、それを自ら事業化してみることなどを提案しているわけです。

 これらはまさに主体的に人生を生きようとする試みで、それに必要となる知識、ノウハウを主体的かつ継続的に学ぶことを前提としています。つまり、やりたいことをやるために学び、そのために人と議論し、試してみて、その経験を皆でまた学び合おうということです。

 日本の企業の平均寿命は23年だそうですが、人が仕事に関わる年数はすでに40年近くになろうとしています。今でさえ一つの企業で終身働くことは奇跡に近いわけです。

 仕事を変えること、職種を変えることは今や当たり前です。人生がさらに長くなり、それに加えてテクノロジーの進化が変化のスピードを加速化している現在、自らも意識的に変わり続けることが大切です。

 それは己を知り、やりたいことをやれるように学び続けることで実現します。主体的な学びを習慣化する、無意識化することで「学びの動的平衡」を保つことができるでしょう。大変そうですね。でも大丈夫です。アリストテレスも言っています。「すべての人間は生まれつき知ることを欲する」

 まずは、学ぶ気持ちに素直になってみましょうか。

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● 参考文献

(*1) 『ライフ・シフト』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 共著、東洋経済新報社 (→本の情報へ)

(*2) 『フラット化する世界』トーマス・フリードマン著、日本経済新聞出版社 (→本の情報へ)

 

 

著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.8(2015年7月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

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