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デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第10回

 

 アメリカのリンドン・ジョンソン大統領が公民権法を成立させたストーリーを、スピルバーグが制作総指揮をとり「All the Way」というタイトルで映画化しました。ジョンソンは同じ民主党の有力議員からも大反対をされるなど、さまざまな困難のなかで公民権法を成立させました。しかしそれは人種差別に対する戦いの終わりではなく、人々の認知を変え、社会を変えるための戦いの始まりだったのです。私は、日本へ向かう帰りのデルタ295便内でこの映画を見つけ、今回の旅を振り返っていました。

 

ATD国際カンファレンスの
3つの基調講演から学ぶ   

 

 今年5月、アトランタで開催されたATD国際カンファレンスに参加してきました。ATD(Association of Talent Development)は、人財開発や組織のパフォーマンス向上を支援する非営利団体です。100カ国以上の国々の企業の、人事や人財に関わる人たちが会員になっています。毎年アメリカでコンファレンスが開催されるのですが、今年は約1万人の人たちが各国から集まりました。日本からも180人が参加して、学習効果の測り方や学び方の変化、ラーニングテクノロジーなど300を越えるセッションを、4日間缶詰め状態で学び合いました。

 最初の基調講演は双子の宇宙飛行士でした。ケネディ大統領の宇宙計画についての演説、「われわれは月に行く道を選んだ。それは容易だからではなく、困難な道であるからこそ選んだのだ」を引用しながら、大きな困難に直面したときにどうすべきかについて、こう語りました。

 「大きな困難にぶつかったときには、自分がコントロールできないことにこだわって振り回されないように。自分ができることを見定めてそれに集中することです」

 宇宙飛行士として、そしてジェット戦闘機のパイロットとして何度も死地を潜り抜けてきた人の言葉として、とても説得力のあるものでした。

 次の日の基調講演はスタンフォード大学の心理学教授のケリー・マクゴニカルさんで、現代の複雑で変化の激しい社会でますます多くなるストレスについて、どうすれば肯定的に捉えることができるかという話でした。

 ストレスがかかると動悸が早くなり、さまざまな病気の原因になるとされるのですが、「これで心臓に負担がかかる」とか「血圧が上がる」と考えると、まさに血管が収縮してしまいます。そうではなくて「動悸が早くなれば新しい血が隅々まで送られて、エネルギー全開になる」と思えば、血管は収縮しないとのことです。また、自分にストレスがかかっていることを他人に話すことによって、オキシトシンというホルモンが分泌され、他者を思いやる気持ちが促進されるとのことでした。ストレスがかかっている状況を周りの人に話すことによって、同じ境遇にいる他者を励ましながら乗り越えることができるようになるとのことでした。

 3日目の基調講演は両足に障害をもって生まれたパラリンピック金メダリストで、医師を目指して試験に合格し、さらにプロのテナー歌手としても活躍している、ローナン・タイナンのスピーチでした。

 彼は、自分自身の成功は「周りの人たちが自分の可能性を信じて応援してくれたこと、常に励ましてくれたことだ」と述べました。またハンディがありながらさまざまなチャレンジを乗り越えられたのは、何が欲しいかを考えるのではなく、何が与えられているのかに集中して、目の前の機会に目を向けることの大切さを訴えていました。講演の最後に「ハレルヤ」を熱唱し、会場を感動の渦に巻き込んでいました。

 

認知の仕方によって
世界が変わる    

 

 ATDの基調講演で学んだことは、困難な状況であればあるほど、自分が置かれたその場をまず受け入れること、それを否定しないことが大切だということです。普通であれば、わが身の不幸を嘆いたり、落ち込んだり、自分自身をも否定する場面ですが、それを素直に受け入れることで自分とその周りを肯定的な関係に変えることができます。そうすると大きな困難のなかでも、自分ができることが見えてきます。そこに集中することで、周りの人の支援も受け入れることができ、一緒に困難を乗り切る可能性が出てくるということです。状況は1つでも、認知の仕方によって世界が変わるということを宇宙飛行士、心理学博士、パラリンピック・メダリストそれぞれの立場から訴えていました。

 

映画「ザ・ファウンダー」で
マックの成功の秘訣を知る   

 

 今振り返ると今回の学びの旅は、成田を飛び立ったデルタ296便の機内ですでに始まっていました。12時間50分の長旅での楽しみは、まだ日本で公開されていない映画を見ることですが、今回アトランタまでの機中では、2つの映画と出会いました。

 1本目は「ザ・ファウンダー」というタイトルのマクドナルドの創業者の映画でした。創業者はその名のとおりマクドナルドさんだと思っていたのですが、実際にはマクドナルド兄弟と、元はミキサー機械の敏腕営業マンのレイ・クロックという人でした。カリフォルニアの片田舎に生まれたハンバーガーショップをファーストフードの世界最大企業にしたのはこのレイ・クロックで、映画も彼を主人公として作られています。

 マクドナルド兄弟はできたてのハンバーグを食べてもらうために、徹底的に無駄をなくして効率と合理性を追求した店づくりをしました。この店づくりの価値にピンときたレイ・クロックがフランチャイズ方式を利用して、店舗を拡大したことでマックが急成長したわけです。いわばノウハウのコピペを完璧にするために、人づくりにも効率と合理性を徹底し、素人を徹底的に教育して店舗展開をしたところに成功の鍵があったということです。「バーガーショップ」というパッケージ商品の大量生産です。そのためにハンバーガー大学も設立しました。レイ・クロックが成功の秘訣を一言で、「パーシステンス(粘り強さ、頑固さ)」と表現していました。

 

2つの映画に共通する
アメリカン・ドリームの実現   

 

 2本目は1960年代、アメリカが初めて有人衛星を打ち上げて無事に地球に帰還させた、マーキュリー計画の成功に大きな貢献をした3人の黒人女性の話です。当時は人種差別が公然としてあり、NASAで黒人女性が働くということは信じられないことだったわけです。この3人の女性はそれぞれ幾何学のプロ、エンジニアリングのプロ、そしてIBMコンピュータのプログラミング・チームのリーダーとして、さまざまな差別を乗り越えてスタッフの信頼を徐々に勝ち取り、有人宇宙船の成功に貢献します。 

 「Hidden Figures」という映画のタイトル(邦題は「ドリーム」)は意味深長で、宇宙飛行の鍵となった隠された数字の存在とともに、黒人の女性たちという当時二重に差別されていた人物(figures)が隠されていたことを表しています。

 これら2つの映画を見終ってアトランタに到着しました。そこはマクドナルドと並んでアメリカの飲食ビジネスの巨人、コカコーラの街であり、また公民権運動のシンボル、マルチン・ルサー・キングの街でもありました。ファーストフード、合成飲料という「アメリカン」文化、つまりインスタントで手軽で大量生産を武器として世界を席巻した国は、建国以来自由と平等の理念を掲げる最も人権を重んじる国でありながら、一方でアフリカ系アメリカンに対する人種差別を続けてきたという現実を抱える国でもあります。だからこそ理念を実現するための絶えることのない努力を執拗に続ける国でもあります。

 2つの映画に共通する感動は、アメリカン・ドリームの実現でした。同じアメリカン・ドリームでも、一方は大量生産をコンセプトにしたコピー文化を徹底することによって経済的に実現された夢であり、他方は月に行くという国家の目標を掲げることで、結果として人種の壁を越えていく、普遍的な政治理念の実現という夢です。

 

アメリカがもつ
言葉に対する信頼、学びに対する期待  

 

 今回のアトランタへの旅はATDへの参加が目的だったのですが、行き帰りの飛行機も含めた旅のすべてを通して多く学びがありました。

 「夢を実現することをあきらめない」「困難なものであるほどやりがいがある」「困難にチャレンジするには気負うことなく、自分のできることに集中すること」「謙虚で肯定的に取り組むこと」「自分を受け入れて、他人を励ますこと」などについて、宇宙飛行士から、心理学者から、テナー歌手から、数百のセッションから、そしてアメリカの歴史そのものから学ばせていただくものとなりました。

 アメリカは人類の理想を高々と掲げ、その実現を追い求め続ける国でもあります。目的に向けたチャレンジであれば、失敗はむしろ経験として評価する国のエネルギーの源泉に、人種差別という大いなる矛盾と対決の問題を、暴力ではなく言葉や教育によって変えてきた壮大な戦いの歴史があります。大きな亀裂を克服していく過程で鍛えられた、言葉に対する信頼、学びに対する期待が、デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉になっていることを、アトランタの街で体感してきました。

 今年がJ.F.ケネディ生誕から100年ということで、改めて理想に対するチャレンジの大切さが思い起こされます。戦後70年、安定と平和を維持してきたわたしたちにも、将来の予測がますます困難になる今、あえて人類の理想を高く掲げ、その実現のためにまずは一歩を踏み出していく勇気をもちましょう。

 

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(10月26日公開)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

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