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生まれてきた偶然を必然の人生に変えて生きるために ~連載|ロゴスとフィシスの旅◎第7回

by kusui

 

最大の謎である宇宙を
人間はどのように理解してきたか

 ロゴスとフィシスの旅も、第7回となりました。

 前回は箱根のライフアート美術館で出会った玉村豊男さんの著書『文明人の生活作法』と、その後の生き方の変化から、自然と人間の関わり方の変化について考えてみました。

 現代の文明人にとって自然は単に観察対象なのではなく、人間も自然の一部と考える、そのような人間のあり方が「自然体」であり、その存在の仕方が「アート」な文明人であると感じた旅でした。

 先日、「宇宙と芸術展」という催しがあったので、行ってみました(*1)。古今東西の宇宙観と、それに基づくさまざまな芸術についての展示でした。宇宙観とは、人間にとって太古の昔から現代まで、最大の謎である宇宙をどのように理解したかということだそうです。

 会場には、ガリレオやコペルニクスの天体の観察結果や望遠鏡の展示とともに、奈良のキトラ古墳の星座や、江戸時代に作られた太陽の黒点の観察図が並んでいて、わが国でも月や星や太陽の観察をかなりやっていたことがわかります。

 人々は月や星の変化を観察することで、宇宙の動きが周期をもって繰り返すことを発見しました。それを暦や天球図に運動の法則として表すことで、人は種まきの時期を正確に知ったり、星を頼りの航海に役立てたりしてきたわけです。

 仏教の曼荼羅や、中国の易を生んだ伏犠の図も展示されていて、江戸時代のカラクリ職人である田中久重の須弥山のジオラマも並んでいました(余談ですが、田中久重は後の東芝の創始者ですね)。

 年代順に配置された展示の最後のコーナーには、アメリカのアポロ計画に関するものもあり、このプロジェクトをコンピュータの先端技術で支えたIBMの写真もありました。

 

人間の存在の本質は
偶然を必然に変えること

 森美術館をあとにしながら頭をよぎったのは、「偶然と必然」という言葉でした。科学の発達も、さまざまな宗教の教えも、宇宙という大きな謎を理解する方法を追究する歴史であり、人間の存在の本質は、物理の世界でも心の世界でも、「偶然を必然に変えること」ではないかということです。

 まず「宇宙の始まりとは」ということで、世界創世神話を紐解いてみると、西洋でも東洋でも始まりは混沌でありました。宇宙はカオス(混沌)で始まり、そこから万物が生成していきます。

 ギリシャではカオスから大地であるガイアが生まれ、ガイアから天と海が生まれます。さらにゼウスの支配へと続き、いわゆるギリシャ神話の世界が展開されます。

 その後、宇宙はカオスからコスモスということになり、秩序と調和をもった存在となります。人間は宇宙の秩序を発見することで、偶然の出来事と思われていた現実を、規則と循環によってできた世界として理解していきます。それらの規則を表現し、新しい原理を発見するための道具として数学と論理学が使われました。

 宇宙は大きな謎であるものの、その後の西洋科学は「宇宙は秩序であり、調和である」というギリシャ発の宇宙観をもとにして、どんどん自然法則を発見し、応用していくわけです。

 さらに、やはりギリシャ発祥の論理学の三段論法や演繹法を使って、偶然の産物と思われていた出来事の原因を分析し、結果を推測しました。こうして、未来に対する準備ができるようになったわけです。

 とはいえ、宇宙の原理を発見して応用することと、未来を予測することとの間には大きな隔たりがありました。さまざまな法則は起きた事象の原因をうまく説明してくれますが、その法則を未来の出来事に適用しても、すべてがそのとおりになるわけではなく、つまり必然とすることはできません。未来が必然であるのは、神話や預言の世界でした。

 中国では、天地が分かれる前の混沌の状態を「道(タオ)」と称し、万物の根源としています。タオである「太極」が揺らぎによって、陰と陽に分かれることから、世界が生じるものであるといいます。

 伏犠が始めた易は、陰陽2つの元素の対立と統合という運動によって、森羅万象の変化を説明します。8本の棒の陰陽の組み合わせによって世界を表そうとする易は、8の2乗である64の卦で世界を表します。

 2進法の計算機を作ったことで、コンピュータの生みの親ともいわれるライプニッツは、この易経の六十四卦を図にしたものをイエズス会の宣教師から入手して、研究していたそうです。

 

ライプニッツ Wikipediaより

 

 ライプニッツの著作のなかには、『0と1の数字だけを使用する2進法算術の解説、ならびにこの算術の効用と中国古代から伝わる伏犠の図の解読に対するこの算術の効用について』という論文もあり、そこでは紀元前4000年に陰陽の2進法を発見した伏犠に対する尊敬の言葉が記されています(*2)。

 易経は英訳され、『The Book of Change』(変化の書)というタイトルが付いていますが、ライプニッツも2進法を使って変化を予測するために、易経を研究していたのかもしれません。

 一方で、哲学者としてのライプニッツはモナドという実体によって世界を説明しようとしたそうです。変化を起こすもの、自ら動くものの原理を究明することで、やはり「偶然」の世界から、「予定調和」の世界を導くことができる「必然」の哲学を作り出そうとしたのではないでしょうか。

 

自らを意味ある存在と捉えるために
人生観や宇宙観が生まれる

 ライプニッツが提唱した2進法による計算機は、やがて「プログラム化」することにより、自動的に計算するコンピュータとなり、膨大な情報を瞬時に認識しながら、複雑なプロセスを自動的に処理できるようになりました。

 さらに今やコグニティブ・コンピュータとなり、人の話し言葉の曖昧な表現を理解したり、人や動物の顔や画像を識別したりするなど、世界中の多様な情報を認識し、解析することで、さまざまな予測と選択肢の提示が可能になってきました。

 その先には神託や易による予言ではなく、膨大なデータとロジックに基づいた、コンピュータによる未来予測が期待されています。AIやコグニティブ・コンピューティングの進化によって、いよいよこの世界を偶然から必然に変えることができるのでしょうか。

 コンピュータが提示する未来予測の選択肢のなかから、最終的に選択し、決断するのはやはり人間です。決断した結果が必然となるためには、自らの選択が必然であることを了解する必要があります。しかし、実は最も了解しがたいのは、自分の人生そのものの必然性ではないでしょうか。

 私たちは、なぜ生まれてきたかも知らず、いつ死ぬのかもわかりません。生まれるのも偶然ならば、死ぬのも偶然、したがってなぜ生きているのかという、人生の意味を知らないまま生きているわけです。

 あらためて自分は何のために生きているのかを問わなければ、そのまま死を迎えます。たまたま生まれて、偶然生きているのだと考えると、ある意味で自由な気持ちになりますが、逆に自らの存在が偶然であり、自由であることへの不安や恐れに駆られます。

 この不安のなかから自らを意味ある存在と捉えるために、それぞれの人生観や宇宙観が生まれてくるのではないでしょうか。コンピュータの予測がどんなに精度を増しても、あるいはむしろ予測の確率が高くなればそれだけ、その予測を取捨選択する判断基準である人生観、宇宙観が重要になります。

偶然生まれてきた自らの人生を
必然の人生とするために

 アポロ計画による月面への着陸は、人間の記憶力や計算速度を超えたコンピュータの能力なくしては達成できませんでした。その成功は局面ごとに計算し尽くされ、成功が必然となるようプログラミングされた計画によって実行されました。

 しかしその後の宇宙飛行士の心のもち方や、地球に帰還したあとの人生設計は、当時のコンピュータでも、今のコグニティブ・コンピューティングでも、必然にすることはできません。

 アームストロング船長やコリンズ飛行士が自分の人生を必然であると思ったかどうか、どこにも書かれていませんが、多くの宇宙飛行士が地球の美しさと宇宙の闇の深さに大きな衝撃を受け、人間存在の根本的な問いをもつとともに、奇跡のように存在している地球での自らの使命を見出していったことが報告されています(*3)。

 

 宇宙に飛び出して究極の孤独を体験することで、地球社会のなかで生きることの意味と必然性を、それぞれの「宇宙観」として見出すことができたのかもしれません。

 今回の展示にあった曼荼羅や須弥山は、この世界の意味を宇宙観として表していますが、それは原因と結果という法則を超えて、宇宙すべての存在が相互に関係しながら生き続けることの意味を表現しています。

 そこでは、「縁起」として偶然に始まるはずの宇宙と自分の出会いが、意味のある「必然」として相互に関係し合い、影響し合っていることが描かれています。

 これら東洋思想の宇宙観は厳しい修行と瞑想や座禅の結果として生まれてきましたが、宇宙飛行士は絶対的な孤独の体験を通じて、母なる大地である地球を宇宙の彼方から見つめ直すことで、自らの存在の意味を問い、その必然を確信したのかもしれません。

 ライプニッツは17世紀のドイツで最前線の研究を行いながら、中国や東洋について以下のように記しています。

「我々は手工業的な技術では彼らと互角であり、理論的な学問では彼らに勝っている。しかしながら恥ずかしいことであるが、実践哲学の面では我々のほうが劣っている。つまり、人間の生き方や日常作法に関する学、つまり倫理学と政治学の面では劣っているのである」

 Watsonやアルファ碁が人の職業を奪うかもしれないといわれている今、私たちの原点である東洋思想の宇宙観、世界観を見直してみることで、偶然生まれてきた自らの人生を必然の人生とするためのチャレンジを始める時なのではないでしょうか。

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● 参考文献

(*1) 「宇宙と芸術展」森美術館(開催終了)http://www.mori.art.museum/contents/universe_art/

(*2) 『ライプニッツ全集第10巻 中国・地質学・普遍学』G.W.ライプニッツ著、工作舎 (→本の情報へ)

(*3) 『宇宙からの帰還』立花隆著、中公文庫 (→本の情報へ)

(*4) 『偶然と必然』 ジャック・モノー著、みすず書房 (→本の情報へ)

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著者|片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年アイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Associationfor Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

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連載 ロゴスとフィシスの旅 目次

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる(9月7日掲載予定)
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために(9月7日掲載予定)
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(9月14日掲載予定)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている(9月14日掲載予定)
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと(9月21日掲載予定)
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ

 

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