自分が自然(フィシス)であることをとおして、世界の捉え方を見直す|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第6回

 

文明人のライフスタイルから
自然人のライフアートへ

 

 先日、久しぶりに箱根に行きました。芦ノ湖を取り巻く山の先に富士山が見えて、その上に広々とした青空が広がっていました。自然の中にいると、それだけで気持ちがいいものです。

 湖畔に車を止めると、「ライフアートミュージアム」という建物があったので入ってみると、玉村豊男さんのプチ・ミュージアムでした。「ライフアート」という言葉は彼の造語で、生命を描くこと、生活を描くこと、そして暮らしそのものがアートとなる人生を意味しているようでした。

 館内にご本人の写真があり、それを見て『文明人の生活作法』(*1)という彼の本を学生時代に買っていたことを思い出しました。今から30年以上前の本ですが、とくに強い印象がないにもかかわらず、何度か処分しようと手に取るものの、捨てられない本でした。当時あこがれていたフランスでの生活経験をもとにして書かれていたからか、文明人というちょっと硬いタイトルのわりに、食卓の作法やハンカチの使い方など、ある意味で日常のどうでもいいことが、さも大事そうに書かれていることに惹かれたからかもしれません。

 読み返してみると、冒頭のページは以下のように書かれています。

 

  文明化された国々にすむ人は
  すべからく文明人にふさわしい生活作法を知らねばならぬ
  人々にはその権利があるのではなく
  その義務があるのである

 

 “文明化された国々”にはフランスを中心にしたヨーロッパ諸国はもちろんのこと、わが日本国も含まれます。ここでは主にヨーロッパの衣食住の習慣や人付き合いのルールが、日本の習慣と対比させながら、われわれには理解しがたいものも含めて紹介されています。

 たとえば、日本人には昔「返杯」といって、お酒の席で目上の人が自分の猪口を差し出して、それにお酒をついで部下に飲ませる習慣がありました。他人のお猪口に口をつけるなんて、昔の日本人は野蛮だと思うかもしれませんが、ヨーロッパにはかつて「返肉」という習慣があり、偉い人が噛み残した肉片を、口から出して目下の者に与えるという作法があったそうです。これなどはまさに権利と言うより義務と言うしかありません。

 文明人とは何と野蛮なのかと思いますが、この本の表紙を見るとタイトルに「Savoir-Vivre Des Civilises」とあります。文明人にはCivilisesという単語が使われていて、英語で言うとCivil(市民)とかCity(都市)に関連する言葉です。玉村さんはこの本で文明人を「ヒマな人々」と定義しています。たしかに、生存欲求に追われて無我夢中で生きている人々の動物的本能ではなく、都会で物質的に余裕のある人々が上下関係を維持し、争いなど感情的にならないような規範や秩序について紹介した書であるということです。自然の延長としての動物的人間社会の行動様式ではなく、暇ができたことから発達した前頭葉で思考し、意識の産物として生み出された人間社会における秩序について研究したものでした。

 生活作法の説明には、マナーやファッション、モードという言葉が使われています。マナーは様式とか型、方法、やり方ですし、ファッションの語源は物を作ること、存在または行動の一定の様式・形態という意味で、モードも本来その個人がもっている生活様式、つまりライフスタイルを表す言葉だそうです。そうするとこの書は「ヒマな人々が生活するためのスタイル」ということになります。だから自然の中で必死に生きていくための方法としては、ある意味どうでもよくて、しかし文明社会で生活するうえでは大事なことなのでしょう。まとめてみると「文明とは作法である」ということになります。

 この本を書かれた30年前の玉村豊男さんはパリとヨーロッパ各地を転々としている文明人であり、その方面で成功していると思われていたわけです。ところがいつの間にか文明人の生活様式、ライフスタイルを卒業されたようで、はっと気づくと「ライフアート」を標榜しながら信州長野で農園を経営し、ワイナリーのオーナーに転身し、文明人から自然を相手にする人になっていました。エッセイストであり画家であり、アーティストでもあります。玉村さんの文明人たるライフスタイルから、自然人のライフアートへの転換に、あらためて興味をもちました。

 

開発対象から共存環境へ
自然に対する見方が変わる

 

 雑誌の『NATIONAL GEOGRAPHIC』が「自然と人間」という特集を組んでいて(*2)、それによると人間は自然の中にいる時のほうが創造性は50%増すそうです。またストレス率は都会にいる時よりも16%低く、緑のそばにいるとうつ病やぜんそく、心臓病や糖尿病など15種類の病気になりにくいとのことです。森や林を散策する場合はもちろん、そばに住んでいるだけでも健康によいという結果が出ているのですが、なぜそうなるのかはよくわかっていないそうです。

 とはいえ、たとえば森林浴という言葉をWebで検索してみると、森の中ではさまざまなものを浴びていることがわかります。フィトンチッドという化学物質は樹木が放出する揮発性物質で、殺菌効果があり香りの成分でもあることから、癒しや安らぎを与えるものと考えられています。また緑色は安定や調和を感じさせる色で、安心感を与える心理的効果があります。マイナスイオンを浴びると人間の脳内はα波が増え、リラックス効果があることが知られています。

 さらに森林では、人間の耳で捉えられない周波数音が、木々の間で発生しています。人はこの音を耳で聞くことはできませんが、高周波の振動として皮膚で感じることができます。研究の結果によると、この超高周波は脳幹を活性化させるとのこと。この振動によって心身の緊張が和らいで、自然との一体感が生まれてくるわけです(*3)。色彩、匂い、音や皮膚感覚など五感を刺激するものが意識を解放し、まさに人を自然体に近づけるようです。

 

撮影:片岡 久

 

この『NATIONAL GEOGRAPHIC』などの自然に関する見方は、これまでの自然と人間の関係とはかなり違っています。大昔、人間にとっての自然とは、狩猟生活から農耕生活に変わっていく際の、開拓の対象としての自然として捉えられました。その結果として生まれたのが文化ですが、カルチャー、カルチベーションは「耕す」という意味です。次に都市が生まれ人間がデザインをした環境が整備されると、自然は都市社会を支えるためのエネルギー源として捉えられました。いずれにしても特に西洋文明の世界では、自然は人間にとって開発の対象であり消費の対象でした。それが近年の傾向として自然が人間の基本機能を増進するものであり、ともに存在するべきものと認識され、共存関係を続けていくことの必要性が言われてきました。『NATIONAL GEOGRAPHIC』は科学的なデータを基にしてそれを紹介しているわけです。

 このように自然に対する見方が開発対象から共存環境に変わってきてはいるのですが、では自然とは科学的に物質の集合として解き明かされるだけのものなのでしょうか。自然に触れた時の懐かしさと安堵感には、感覚器官と神経伝達物質としての化学反応以上のものがあるように感じられてなりません。

 

本来のあるがままの在り方を
意味する「自然(フィシス)」

 

「ロゴスとフィシスの旅」というタイトルは、ギリシャ語で「論理と自然の旅」ということですが、このように論理と自然を対称的に並べる考え方は、プラトン、ソクラテス以後のことです。実は「自然」こそ古代ギリシャの思想家の共通の主題でした。「万物は流転する」としたヘラクレイトスや「万物の根源は無限である」としたアナクシマンドロスら、ソクラテス以前の思想家たちはみんな、「自然(フィシス)について」という題で本を書いたそうです(*4)。

 しかもこの「自然」は自然科学の対象となるような、物質的な自然を指すのではなく、日本語の「自然(じねん・しぜん)」という使い方の、「自ずからあるがままの在り方」「本来の在り方」という意味での自然(フィシス)を指していたようです。つまり「自然と人間」とか「自然と文明」という対概念の一方の項目に置かれる自然ではなく、英語で言うと「Nature of History」(歴史の本性)という使い方のように、「本性」と訳すのがぴったりするNatureに当たる「フィシス」だということです。

 そうするとこの思想家たちは、自然について考えることは万物の本性について、真の在り方について考えていたということです。しかも「フィシス」という名詞が「芽生える・成長する・花開く」という意味の言葉から派生しているので、物事の本性は生きて「生成し成長する」ことであると考えていたと思われます。すべてを「成り行くもの、ムスビ」と呼んでいた古事記の世界観ととてもよく似ています。

 ネイティブ・アメリカンは成人として認められるために、儀式を行っていました。思春期を迎えた若者が森の奥深くに一人で入り、数日間断食を行いながら大精霊に祈りをささげてビジョンを探求するものです。ビジョン・クエストというこの儀式によって、若者は成人となりインディアンの名前をもらいます。森の中で得た啓示は、その後の人生の指針でありミッションとなります。森という自然の奥に入り込み、さらに意識に基づく活動を断食と不眠という形で抑制することで、物質の集合としての自然と人間との関係を超えた、本来の存在としての自然と合体することを目指します。そこで得た啓示はまさに未分化の状態の、万物の本来の存在として与えられたミッションであり、彼らが人間社会に戻って自らの成長を促し、自然とともに一生かけて開花させるための指針となるわけです。

 

 

撮影:片岡 久

 

 玉村豊男さんが文明人としてさまざまなマナーや習慣の違いを経験し、エッセイの形で表現しながら旅を続けていたある日、病気で倒れ入院することになりました。その時に何十年かぶりに絵筆を執ったのだそうです。それはこれからの人生を生きていくうえで、玉村さんの本来もっている在り方を開花させていくための啓示だったのではないでしょうか。ご本人に伺っていないのでその経緯は定かではありませんが、入院中それまでの生き方や追いかけてきたものについて振り返り、自分が実現すべきものとは何かについて問いかけ続けたことでしょう。そこで与えられたミッションに沿って都会から自然に居を移し、農園を開きワイナリーを経営しながら、時々刻々、変化していく自然の本来の姿を絵にされているのではないでしょうか。

 芦ノ湖のライフアートミュージアムに飾られた玉村豊男さんの最近の顔写真を拝見すると、人間社会のさまざまな行動様式の比較による文明社会の旅を終えて、より本来的なものとしての自然との一体化を探求する旅に出ることで、大きな命の輝きと癒しと安心を得ておられるように感じました。

 

世界の捉え方を見直し
本来の在り方に沿って成長する

 

 今回のロゴスとフィシスの旅を通じて、日本の元気の素である私たちの身体の元気は、ビタミン剤やトレーニングセンターや最新科学に基づく森や海辺の散歩によるのではなく、この世界の捉え方を見直してみること、自分たち自身が自然であることを、物理的な自然な身体というよりも、「自然体」として本来の在り方に沿って成長すると捉え直すことにあると感じました。

 19世紀、パリの喧騒に飽きたボードレールの感性も、自然を万物の母体と捉えたようです。

 

  万物照応(『悪の華』所収、福永武彦訳。(*5))
  「自然」は一つの宮殿、そこに生ある柱、
  時おり、捉えにくい言葉をかたり、
  行く人は踏み分ける象徴の森、
  森の親しげな眼差しに送られながら。

          …

        匂にも、無限のものの静かなひろがり
  竜涎、麝香、沈、薫香にくゆり、
  精神と感覚との熱狂をかなでる。

 

 「森のリトリート」(*6)を主催する山田博さんによると、森に溶け込んで気づきを得るにはどうしても2泊3日が必要で、3日目に何かが起きるのだそうです。精神と感覚を解放するために、深夜都会を脱出して自然体への旅に出かけてみますか。

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● 参考文献

(*1)『文明人の生活作法』玉村豊男著、鎌倉書房 (→本の情報へ)

(*2)『NATIONAL GEOGRAPHIC』2016年5月号、日経BP社 (→本の情報へ)

(*3)『音と文明』大橋力著、岩波書店 (→本の情報へ)

(*4)『哲学散歩』木田元著、文藝春秋 (→本の情報へ)

(*5)『世界名詩集 第13 ボードレール 悪の華』平凡社 

(*6)「リトリート 森と共に歩む日々」株式会社森へ (→本の情報へ)

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

 

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